
「……ふむ」
「申し訳ありません、ドクター。パーツの一部を落としてしまって……」
「コアデータさえ持ち帰ってくれたなら問題ない。これが敵の手に渡ると増長し出すからな」
機械が戦場に台頭し始めて久しくなる。市街戦も例に及ばず、人の他にドローンやロボット兵器が跳梁跋扈し、代用品として雇われた兵士と機械が織り成す代理戦争の時代が幕を開けて数十年と経った歴史の上に今がある。
少女のような『候補生』による戦争の加担もその一環であり、これまでの少年兵とは打って変わって大きく利潤を産み出すべく量産型の改造人間を輩出し、やがてはコスパの良い戦争へと導かせるための措置である。
子供達同士が結託し合わないよう、なるべく同じ戦場に少年兵を置かず、その上で生活区分もしっかりと統率・管理することで暴動や自由意志を抑え込むことで対処をしてきた。
しかし大人揃いの世界でいつ死ぬとも分からない戦場。報連相は徹底化させているものの、コミュニケーションに難があるというのは課題の一つであった。
そこで親しみやすいペット――獣型の兵器を産み出す実験を並行して行った。
少女の連れていたそれがトーヴである。
獣とコミュニケーションを取り、ツーマンセルで仕事に当たることが出来ればよりよい知見を得られると踏んだ。
しかして、こうして片割れがヘマをすれば御覧の有様。
トーヴは少女をかばいつつ対機械砲の一撃を受けて四肢の回路がショートし、脳部まで寝食したウイルスによって容易く破損していた。改造済みとはいえ生身の人間である少女がこれを受けていても徹甲弾と変わらない衝撃によって体の大部分が破損する致命傷を負っていた。仮に少女に着弾したとして緊急離脱プログラムを組んでいたために然程逃げる問題には支障はないとしても、両者が無事に帰って来れたかどうかについてはシミュレートが足りていない。
実験段階ではどのプログラムも正常に稼働していて、実地でリリース試験を行うに当たっても一発の銃弾を受けるまでは問題なく稼働していた。
データとしては十分な程の計測が出来た。
「機体の損失は大きいが、十分な計測結果は得られたな」
「トーヴは……治るんですか?」
悲しそうな声と共に泣きそうになる声を抑え込んだ少女が顔を上げる。涙に眼を濡らし、嗚咽を我慢する姿は年相応の少女のそれと同じだった。
ドクターは少女の頭を撫でてから、両肩に手を乗せる。
「また君一人で任務にあたって貰う。それまでは部屋で待機していなさい」
そんなことは気にするな。それよりも仕事の準備をしろ。
暗にそう告げるドクターの言葉に、しかして少女は弾き飛ばされるように胸の前でこぶしを握る。
「トーヴは……」
「忘れるな、選択余儀の無い事象の渦中にあることを。今はまだその時だ」
「……はい」
かつて銃の訓練中に教わった言葉を思い出し、少女はすごすごと後ろ向きに歩いてから頭を下げ、研究室から出て行った。
――結局、それ以降トーヴの姿を見る事は無かった。商品としてリリースされることも類似品が外に出る事も無く、エビデンスとしての結果を得る為の材料にしかならなかったと知るのは少女が大人になってからの話である。
その日は久々に泣いた。自室で泣きじゃくってトーヴと過ごした数週間を想い馳せていた。
それでも任務が来ればいつまでも泣いている時間はない。時間は待ってくれない。
――あと2100日だ。
遭遇戦を終えてから、アンジニティと初めて会敵した。
敵は4人、こちらも4人だったが出会った瞬間に感じたのは劣勢の気配だった。
こちらは迷い込んだ学生が数人と軍人一人、相手は全員が未知の存在。
概ね皆々は人の形を為していたが、ナカミはどのような物体が駆け巡っているのかも分からない。
あまり準備が進んでいないこともあって逃げの一手を考えたが、結果は惨敗である。
仲間の一人が最後まで抵抗して見せたが結局一人も撃破は出来なかった。
このままではいずれまた狩られる危険性がある。準備を少しでも進めなければいけない。
ここについてから各ドローンや銃火器の用意はしておいたが、戦闘用の攻性兵器はめっきり用意していなかった。
サーヴァント、ファイター、ハンター。必要なデータを機械(ヒナガタ)にアップデートし、この世界で漫勉なく稼働する兵器を組み立てた。自衛を行う分には暫しこれだけでも問題はない。
それでもまだまだ足りない。せめて襲われた時に防衛が出来るまでにならないと始まらない。
ヒノデ区へ向かいながらも、この地の戦闘データも概ね取れてきた。
万全とまではいかないが、力量についても把握できるようになってきた。
効率よく力を使うならば知っておいて損はない。不要ならばさっさと切り捨てておいた方が楽ではあるが、何でも利用しなければこの勝負に勝つことは出来ない。
武器の調達を終えた後は、斥候として戦闘区域になりそうな場所をマークする為に廃ビルへを登ることにした。上階へ向かおうとする道々は崩れて危なげだが、何とかして上層へと上がると仄かな光に包まれた六角形の柱が立っているのが見えた。
その先にいずる、フクロウのような生命体があった。
赤い雲に覆われたこの地は5時を指そうとしている。今の環境が夜行性めいた存在の範疇にあって、常識や科学をを問うても無駄だろうが。
次こそはアンジニティに敗北するわけには行かない。そのためには勝つ手段を講じなければならない。こういう手合いと戦って経験を積む事もまた必要だと判断した。シルバーキャットは先行して戦っているイバラシティ陣営の様子見をするために張り込むことにした。
そうして一時間後、現在は廃ビル近くの柱の前にいる。
遭遇・決闘とも異なるこちらからの奇襲である。
やるぞ。シルバーキャットの声と共に、前へと踏み出した。