
メガネの青年がディスプレイの前でふとうたた寝から目を覚ます。イバラシティのとある会社のオフィスで、青年はランチ後のナップから目を覚ましたのだ。青年は呻きながら手をキーボードに伸ばして、ディスプレイに視線を向けた。
目を閉じればハザマでの侵略戦争、目を覚ませば炎上プロジェクトの火消し・・・青年に安息の時はないようだった。青年にはハザマでの記憶はないのだが。
青年はカタカタとキーボードを叩きはじめ、メールの返信やらスケジュールやらを確認しているようだった。
肩をぽんぽんと叩く感触を感じて青年は顔を背後へと向けた。視線の先には淵の底を思わせる黒い相貌の謎の坊主の男「しゅんかん」が立っており、青年の肩を揉んでいた。その眼差しは井戸の底のように暗く底がうかがえないが、爛とした喜色が浮かんでいた。
「お仕事は順調でござるか? そなたなら楽勝でござろう?」
「全然そんなことないですよ」
「そうでござったか?」
しゅうかんは青年の肩越しでニヤニヤと笑っていた。青年は首を傾げ、訝しげな視線をしゅんかんさんに向けた。自分のことをどうみたら楽勝に映るのやら。青年はメガネをスチャっと整えて問い返した。
「しゅんかんさんのお仕事は順調なのですか?」
「ふふふ、心配されるな、そなたの炎上プロジェクトの件も含めて、拙者は色々と対策を考えてござるぞ・・・」
坊主は青年の肩から手を離し、おまかせあれと言葉を続けた。
「まずは人員の増力でござるよ!」
しゅんかんという坊主の口元にぎしりと笑みが浮かぶ(KAZUHIROUテイストに)。
青年はあっけにとられ、怪物や動物でも眺めるようにしゅんかん僧に視線を向け、眼鏡越しに視線を交錯する。青年と坊主の視線の交錯は、しかし、ヒゲの上司がパタパタ歩いてきて、ぱんぱんと手を打ち鳴らして回ってきたせいで、解かれた。青年としゅんかんがヒゲに視線を向けると、ヒゲは窓際のミーティングスペースに向かっていた。
「みなさーん、ミーティングスペースにあつまってくださーい、ニューカゥマーの紹介がありまーす」
青年は首をかしげた。New comer。新しい社員が入社したのだろうか? こないだしゅんかんさんが炎上対応コンサルとして駐在することになったばかりだというのに、また新しい人が来る?
他の社員たちも椅子やテーブルが並ぶミーティングスペースの一角にぞろぞろと集まっていく。青年ものそりと席をたったが、坊主はというと、おおっとと、急ぎ足でその輪の中へと向かっていった。青年ものっそりと社員たちの輪に混ざってみる。中心部には、ヒゲと、しゅんかんさんと、そして、すらりとスーツを着こなした褐色の肌の女性が立っていた。
「こちらはみなさんの働き方改革アドバイザーとして当社に駐在することになった、ミセス・クレオパトラさんです!」
ヒゲは女性が語学堪能な有能な女史であると紹介していた。会社の体質の改革のために、しゅんかんさんと同じ会社からやってきたのだという。
「お初にお目にかかります。クレオパトラです。専門は外交と政治です。この会社ではみなさんの働き方の改善についてアドバイスさせていただきます。パトラとお呼びください。」
その声はことりのようで、人を魅了する響きがあった。青年の周りのおっさんや女子社員がうっとりと憧れの視線を女史に向けていた。青年が女史の顔を向けると、ミセス・クレオパトラはにっこりとした弾けるような笑みを浮かべ、どっきりした青年は慌てて視線をそらす。
顔合わせのミーティングは終了となり、他の社員たちはぞろぞろと自分たちの仕事にもどっていく。ミセスとヒゲと坊主はでは打ち合わせでもしましょう、と、ミーティングスペースで話し合いをはじめるようだった。青年も自分の仕事に戻ろうとする。
「最近、うちの会社、人が増えていくね」
「マンパワーを増やすってことはいいことだよ。投資する余裕があるってことなんで」
「リストラの逆ってことですからね」
「しかし、あのしゅんかんさんも、ミセスもすごい肩書きだよな」
「ああ、くわしいことはわからないが、最高権力者の秘書と、国政の中心にいたこともあるらしいぜ?」
「すげえな、仕事もできるんだろうな!」
噂話が耳に飛び込んでくる。青年はふらふら歩きながら、物思いにふけってしまう。どうやらすごい人たちが続々とうちの会社にやってきてくれている。
「・・・しかし」
青年のメガネがオフィスの窓の彼方のビル街に向けられた。
何かがおかしいきがする。すごい人たちがうちの会社に集まってくれるのは心強いが、何かがおかしい気がする。
しゅんかんそうず、ミセス・クレオパトラ・・・。
すごそうな人たちだが、何か不安を覚えるのだ。
しかし、青年の疲れ果ててぼんやりしてしまった頭では、それ以上の想像、不安の正体に思いをはせることはできなかった。青年の不安の正体、青年の勤めている会社に集う外部の人たちの特徴が青年に自覚されるのは、その時のことではなかったのである・・・。