生贄
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ユウ 「行くぞっ!」 |
叩きつけるように左手を振るうトカゲの怪物の攻撃を左に飛び込むように交わす。
起き上がりざまに院内に設置されているソファーを掴んで投げつける。
軽い。
これなら行ける。
投げたソファーに隠れるように跡を追って踏み込んだ。
大きなアギトでソファーをかみ砕いた顎下へと潜り込む。
顎下から、脳天に向かって勢いよく拳を振り上げる。全身を使ったアッパーカットだ。
鋼鐵の腕が赤く発光し、勢いよく突き刺さった。
巨大な頭が持ち上がる。
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ユウ 「おおおおおっ!」 |
がら空きの腹へとさらに踏み込み、勢いよく蹴りつける。
単純な前蹴りが怪物の腹を陥没させた。
しかし絶叫を上げながら怪物は右手を横なぎに振るう。
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ユウ 「うおっ」 |
咄嗟に義手で防いだ体ごと弾き飛ばされ、背中から壁に叩きつけられた。
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ユウ 「ごふっ」 |
灰の空気が強引に押し出され、息が一瞬出来なくなる。
顎下や腹から血を流すように黒煙を吹き出す怪物が大顎を上げて迫ってくるのが見えた。
咄嗟に手を伸ばした先にあったものを手に掴む。
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ユウ 「これでもくらえっ」 |
丸ごと放った消火器が口の中に放り込まれ、咄嗟に怪物は噛みついた。
途端に消火器が爆発し、爆風と共に消化薬剤をぶちまけた。
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ユウ 「んなろぉぉぉっ!」 |
30倍の脚力を信じて義足に力を込める。
赤光する義足は床を踏み砕き、身体は弾かれるように飛び出した。
消化薬剤の煙幕を突き抜けて飛び出す。
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ユウ 「くらぇぇぇ」 |
消火剤の煙幕の尾を引きながら、トカゲの怪物の頭上に飛び刺すと、赤く発光する義手を勢いよく脳天へと叩きつける。
爆音と共に義手は頭部を割って突き刺さり、そのまま脳天へと勢い止まらず突き抜ける。
頭は内側から爆発するように吹き飛ばされ、脳漿が院内に散乱した。
頭部を失った悪魔は殴られた勢いのまま勢いよく床に叩きつかれ、煙となって消えていく。
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ユウ 「はは……やったよ……やってやったよ」 |
ホッとしたのも束の間、眩暈が襲ってきて床へと膝をついた。
ぐらぐらと視界が揺れる。
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ユウ 「あ、あれ……」 |
強烈な立ち眩みだ。
視界かぼやけ、体に力が入らない。
膝立ちのまま上を向き、耐えるが、さらに急な空腹感を覚えてそのまま視界は暗転した。
最後に見えたのは、急に迫ってくる病院の床だった。
監視カメラには少年が倒れた姿が映っていた。
床を血に汚し、リノリウム張りの床に倒れこんでいる。
破壊されたロビーはトラックにでも突っ込まれたのかと思うほど見るも無残な有様だ。
トレードマークの帽子の下に、感動に瞳を潤ませ男が呟く。
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ディー 「魂の躍動こそ生きる価値。最高じゃないか、大鳥悠!ブラボー、おぉブラボー!」 |
感動と興奮の余韻に浸っていると、監視カメラの中の少年がおもむろに起き上がり、徐々に煙となって消えゆく悪魔に手をかける。
すると、とつぜんその胸に腕を突き立てた。
肉を引きちぎりながら、その手に心臓を掴みだし、その心臓を口元に持っていく。
そして、勢いよく噛みついた。
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ディー 「……食べている?」 |
監視カメラに映るスプラッタな映像に食い入るように見入る。
少年の瞳は焦点があっておらず、何かに動かされるように意思なく咀嚼している。
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ディー ──興味深い── |
再びレザー張りの椅子に腰かける。
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ディー ──意識の無い宿主を動かしてエネルギーを取り込むとすれば、血管だけではなく神経系、骨にも浸食しているか── |
悪魔の心臓を食べつくした悠がモニターの中で再び倒れる。
肉体の傷口が血煙を吹きながら塞がり、血の跡だけが残った。
そこに慌てて倒れた少年を救護するミーシャの姿が映った。
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ディー 「彼はマッドサイエンティストだが、とても紳士で人格者だ。安心するといいよ、悠君。」 |
まぁ延命のために身体をいじくられるかもしれないが、と心の中で付け加える。
モニターの中で少年、大鳥悠が手当てを受け、施術室に運ばれていくのを見ながら背もたれにもたれかかる。
ミーシャの施術と、その当惑する様子を見ながら思考をまとめる。
彼の身体の中にある異物が何か、おおよその見当はついた。
だが同時に文献とは異なる現状に違和感もあった。
思考の海に沈んでいると、やがて部屋の扉が開く。
入室してきたのは白衣を着たミーシャだった。
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ミーシャ 「のぞき見とは、趣味が良くないね」 |
映っているモニターの様子を見ながら言うミーシャに笑みで返す。
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ディー 「そうかな、実益を兼ねた趣味だと自認しているよ」 |
微笑むディーにミーシャは小さな溜息を返した。
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ミーシャ 「彼は、大丈夫なのかい?」 |
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ディー 「体内の寄生虫が高密度エネルギー体を求めているのだろうね。ラハブラジエルの書によれば、悪魔の心臓は不老長寿の材料の一つとされる」 |
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ミーシャ 「……彼が不老長寿に?」 |
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ディー 「眉唾だと思っていたのだけれどね。これは推論だが、悪魔の心臓を食することで寄生虫が活性化し、肉体を再生する様子を見てそう書かれた、とかではないかな」 |
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ミーシャ 「オカルトな話は苦手だけども、まぁ納得はできるね。カメラ越しじゃ良く分からないが、悠君の傷、もう塞がったみたいだ。ここに運び込まれた時よりも再生速度が速い」 |
ベットに寝かされているモニターには全身の至る所を包帯に包まれた悠が映っている。
ディーは腰かけていた椅子からゆっくりと立ち上がる。
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ディー 「彼の胸にある物体。レントゲンに映っていたあれだが、あれは恐らく絆石だ」 |
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ミーシャ 「……絆石?」 |
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ディー 「呪具さ。他者を強制的に使役させる為の、ね。いろんな生き物を混ぜ合わせて固めた忌まわしいものだよ」 |
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ミーシャ 「使役するための呪具……悪魔を?」 |
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ディー 「そう、使役する相手がいる。絆石は賢者の石生成の副産物でね、正確な情報は失われて久しい。ラハブラジエルの書には悪魔使役術の秘奥が載っていてね、絆石を食べさせた生贄を悪魔に食わせ、術を使ってその悪魔を操るというものさ」 |
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ミーシャ 「悠君が生贄だと?」 |
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ディー 「さて、難しい所だ。生贄が悪魔を食らう、そんなことが可能なら、生贄ではなく従魔の儀式として伝わっているはずだ。歴史を覆す奇跡を目にしているのか、それとも何かの手違いか、仕組まれたものの一端を見ているのか」 |
そこでふと一つの可能性を思いつく。
馬鹿げた、冗談のような可能性に、何故かとても愛着が沸いてしまい、しばし言葉を止める。
ミーシャが訝し気に視線で訴えるのに応えて言葉を続ける。
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ディー 「何にせよ、絆石が出て来るなら、悠君を狙っているのはアレクピオスの秘儀を受け継ぐ組織だろう。東レメゲトンか、不死の枝あたりか。あるいはその下部組織か」 |
そう、アレクピオスの究極の研究は未完成だった。
時を経て変遷している可能性はある。
良くも、悪くも。
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ミーシャ 「狙われている、と」 |
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ディー 「そうさ。次の悪魔がやってくるまでさして時間はかからないだろうね」 |