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荊街備忘録
5
自分がその症状に気がついたのは、けっこう昔のことだった。
多分最初は物心ついて間もない頃だったと思うのだが、地元によく遊んだ小さなボタ山があった。
おれは子供心に大層な山だと思ってしょっちゅう登って遊んでたが、他の子供らはその山を知らなかった。
このままいくとこのあたりは山になるから長くは住んでられないなあとよく話してはバカにされていた。
さすがに奇妙に思って、その後も当時からおれはその山の存在を他人に説明したり聞いたりして情報を集めたりしていたのだが、
他の大人たち、近所の人間はいいとこ廃材置き場だと思っていたし、誰も気にも留めないし地図にすら描かれることもほとんどなかった。
そこが長期発掘の結果どこぞのたいそうな古墳の一部だったとわかるのはそれから何十年も経ってからなわけだが、子供の勘違い、では済まされないのはどうやらおれは子供の頃からそこが大規模な何かであることを把握していたきらいがある。大規模な発掘をしないと全容がわからないほど地下深くに埋もれてしまった古墳の全容が当時の自分の認識とほぼ一致していたこと、そしてその後『発見』されたその後の顛末までを見越していたらしいということだ。というより、発掘されたあとここがどうなるかを一番先に見ていた、という方が正しいのかもしれない。
他にも妙なことがあった。
例えばおれは致命的な方向音痴なわけだが、それでいて方角そのものは間違えない。現存する目の前の風景、短期的に変化する表層的な街並みなどは全く覚えられないのだが、ここがどこでどの方角を向いているか、という位置情報だけは正確に捉えることができる。過去、現在、未来のある一定の範囲内で『存在し続けた』ものは確実に認識できるが、逆にその範囲内に存在しなかった、またはその期間の間になくなるものは視界にそもそも入っていない可能性がある。
言ってみれば旧式のカメラのようなもので、認識というものを非常に長時間に区切った長さでじっくりと焼き付けるように行なっている。
長期間存在したものほどはっきりと、逆に新しいものは認識できない、もしくはこれから存在しなくなるものは最初から認識が途絶えているのではないか。
それは予知とか透視とかじゃない、もっと具体的で実質的な症状ーーー時間と空間の認識がどこかズレているんじゃないか、という話だった。
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「そんなわけで延々癲癇病棟にいたんだよ、一種の脳機能の障害なんじゃねえかって」
「それが、違ったわけですか」
「うーん・・・なんていうか。そこにないものとか平気で見たり持ってたりするの見て、さすがにおかしいかなって」
おれの事情にちょっと詳しいフミちゃんがヨツジさんに説明しようとして、言葉に困っている。
「いやー、おれも説明できねえもん。前にそこにあったものか、この先出てくるものなら持ってこれるの」
「は?」
ヨツジさんの疑問におれは肩をすくめる。「まあ、『見えれば』って制限はあるみたいだけどな」
「時間の連続性ってものに、支配されないってことでしょうか?」
「いや、その範囲内ではあるんだと思う。その範囲ってのが、場によってまちまちというか・・・」
マッケンジーのハト魔法の話から、おれたち一行の話題は各自の異能の話に移っていた。
フミちゃんは例の医療系だかなんだかの施設仕込みという光術が扱えたし、ヨツジさんは正統派の『魔法』。
となると一番説明に困ったのはおれの異能なのだが、案の定要領を得ずに苦労していた。
「自然物が一番楽かな。特に木とか地面とか岩とか、その場所にある程度ずっとあるもんだし」
「それを操って・・・ということですか」
「そんな高尚なことしてるつもりはねえけど、過去にその木とか石とかが経験した条件を再現というか、そういう感じじゃねえかな?」
しどろもどろに説明する。「だからその木だったら台風で折れた時の状態をいきなり持ってきたり、地面だったら昔あった地震の時の衝撃とか」
「それは勘弁してね」
「・・・いや流石にできる気はしないけど」フミちゃんの冷静なつっこみに目をそらす。「ま、あんま頼りにはならない類のもんだと思う」
「しかし興味深いですね、扱い方を工夫すれば、かなり面白い使い方ができるかもしれません」
ヨツジさんは少し考えて、具体的な扱い方〜たとえば能力的には任意性に欠ける分普段は頼らず、温存してここぞという時に発動するのが有意だとか、
大規模に影響を与える事象を持ってくる場合に備え普段から小回りのきく立ち回りで場をいなす方法を身につけるべきだ、とか、様々なアドバイスをしてくれた。
「しかしなー、ただ石投げてるって訳じゃなかったってことか」
「さすがに無限に石投げられるっておかしいだろ。その都度『持ってきて』たんだよ」
マッケンジーの靴を踏みつけつつおれは、もう少し戦術的に役立つ行動をしていく必要を感じていた。
「・・・てか、そろそろいいかげんちゃんと頼れるくらいのことはやっとかねえと、この先どうなるかわかんねえもんな」
正直、自信はないのだ。自分の異能がなんなのかもよくわからない状態で手探りでハザマ世界を戦わなきゃならない。
周囲の他の連中は早速順応して、すでに歯が立たないほどの腕を見せつけるやつらも出ててきた。
それはイバラシティを『守る側』だけとは限らない、むしろ侵略側〜『アンジニティ』の連中をこそ顕著だった。
その上、俺たちは『ロスト』とかいうその両方にも属さない奴の相手までしなきゃならないやっかいな現状に巻き込まれている。
「まあ、今はまだ呑気な依頼で済んでるような感じだけどさ。このハザマ世界、どう考えても相手が強くなってるだろ?
いい加減ヨチヨチ状態もなんだし、このへんで鍛えておきたかったんだよ」
「それならあつらえ向きじゃねえか。例の団子探し、オメーの異能でなんとかならねえか?」
「どうしてそうなるんだよ。むしろお前のハトどもに探させろよ無駄に数いるんだから」
「生憎オレのハトは舎弟じゃねえ・・・あ、そういやいたな、舎弟」本当に今思い出したって感じにマッケンジーは端末を取り出しなにがしかを操作した。
「おう、取り敢えず頼んどいたわ。まあ、アテにはならねえだろうけどよ」
「おれはあんたの異能の方が一番計り知れないんだけどな・・・」
言いながら、おれはむしろヨツジさんの指摘のほうを必死で頭の中で反芻していた。
確かにおれの異能は規模が曖昧なぶん、かなり制御が難しい類のものなんだろう。
基本的に『場』の条件に左右される上に、その場になにがあったか、これから何が起こるかの概要の規模によっても起こせる現象が決まってくる。
逆に言えば過去から現在にかけて穏やかだったような場所では大したことはできないし、突き詰めれば強い力を引き出せる場所があったとしたらむしろその場にはそうとうヤバいことがあった、もしくは『これから起こる』可能性があるってことでもあるのだ。
「その場所の歴史、もしくは物体の記憶に左右される能力・・・という感じでしょうかね」
「わかんねえけど、そんな感じになるのかな。だからこそちょっと気がかりなんだよ。あんま強い力が出せたとしても、それはそれで怖いだろ?」
「まあ、過去から現在まで『何も起こらなかった土地』なんて、どこを探しても難しいでしょうしね」
ヨツジさんの分析に相槌を打ちつつ、懸念していることを伝える。
「ハザマ世界の歴史、なんて全然わかんねえけど、元になった街がイバラシティだってんなら無関係じゃないと思うんだよ」
「なるほど・・・興味深いですね」そう言って考え込んだヨツジさんの横で、おれは自分の見えるもの、できることについて真面目に考える必要を感じていた。
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