
――前回の続きだ。
あれから数年、毎日のように地下室に来て今日の事や色々な事について話を聞いた。自分の事、自分の家の事、家に時折来る野生動物達の事、世界の情勢の事、様々だ。一方通行なのに何故色々な話が出来たのか、それはシズルの才能と能力にあったからだ。
物心がついた時から動物たちと戯れた経験から同時に能力に目覚めたらしく、言語の持たない動物に対しても目の動作や足の動き、鳴き声、そして行動習慣。それらに踏まえて学習し、時間をかけて関わることで動物の気持ちと心を読み取る事が出来る。傍から見れば誰でも出来そうだが、ここまで完璧に読み取れるのは才能と能力があってこそだろう。
気がつけば今日はどんな話をしたいか行動と鳴き声で示したら、シズルは喜んでその話題の種になる資料を持ってきて話す、そしてその話題について色々と話していく。この光景は狼にとっては今まで以上の嬉しい日々であり、毎日の楽しみであり、そして狼の生きがいになりつつあった。
だが、そんな日々もある日突然終わりを告げる事を、その時まで気づくことはなかった。
特別感も無いある日の事。いつものように寝ていた狼の耳に遠くから異様な騒ぎの音が聞こえる。そして胸の奥からの胸騒ぎ……もしやと思い立ち上がって動こうとしても、足には鎖、硬い檻の中で脱出は非常に難しい。色々と思考を巡っている中で上の階からシズルが降りてきた。だが、いつものようなカバンを持っている様子もなく、よく見れば鍵を持っており、更には笑顔ではなく非常に焦っているような表情で狼の前に走ってきた。
「リグニス逃げて! 国の武装隊がリグニスを処分しようとするの!」
処分――その言葉で昔の研究所で告げられた言葉を脳裏に過る。処分……即ち、自分の死を意味する。意味をたどり着いた狼は形相を変えて暴れようとするが
「こら、暴れないで。今から開放してあげるからね」
シズルも焦っている……だが、手慣れた手付きで檻の鍵を外し、そして鎖の鍵を外して自由の身になった。
「よし、これでもう大丈夫。さ、早く逃げよう」
「させるかよ!!」
逃げようかと身構える所で上の階から武器を持った武装隊らしき人物が数人地下室に入ってきた。そして一人の男性が前に出て書状を見せられる。
「近年、この施設に違法危険生物が居るとの通報があった。ワーラス国ガダスト国王からの命令により、違法危険生物の処分、およびそれを妨害する者の排除を行うこととなった」
心に突き刺さる書状であった。シズルは秘密を守ってくれるし、彼女の家族だってその秘密をバラす人ではない。では、誰が存在を知ったのだ……とにかく逃げたい、その気持ばかりが膨れ上がるが、それ以上にシズルの表情は絶望に染まっていた。
「ねぇ、パパとママは……? 守ってくれたパパとママはどうしたの!」
「我々の前に阻んだ者たちか? 本当なら確保するつもりではあったが抵抗するのでな、混戦の末射殺を行った」
「そ、そんな……」
「さぁ、命を惜しければその危険生物を渡すんだ」
その要求にシズルは立ち止まる。そりゃそうだ、普通の人間であれば生存を優先するため、いかなる状況でも逃げる手段を取るはずである。彼女も例外ではない、そう思っていたのだが……。
「嫌だ! リグニスは渡さない!」
狼の前で両手を広げ、抵抗の意志を示した。今考えれば、大切なものを犠牲の上で切り抜けたところで、戻る居場所等何一つ無かった。両親は死に、仮に人間の友達が居た所で犯罪者の娘と噂されて預けてくれない、野生動物は恐らくあの武装隊に痛い目を見て近づこうとしない、周りのもの全て失った彼女にとって残された唯一の心のつながりは狼のみ。……何があっても狼を守るのは道理である。それに対し、武装隊の空気は冷ややかになり……
「……そうか、それは残念だ」
そして銃撃音。その後、シズルは崩れるように倒れ、血が流れ始めた。
その時、狼の中にある理性が崩れ、猛獣のような遠吠えを上げて武装隊に突撃。未だに制御出来ない変身能力を使い、傷を受けながらも相手をなぎ倒していく。
狼の抱く感情は深い悲しみと怒り、頭の中がメチャクチャ。痛みや衝撃等感じずただただ人間を殴り倒していく。双方の衝撃により、地下室の壁と天井にヒビが入っていることも気づかず、それが突如大きくなった所で生き残りの武装隊の動きが変わった。
「このままでは地下室が崩れるぞ!」
「……っ! まぁいい、あの危険生物は深手を負って逃げることはない」
「撤収、撤収!!!」
早急に撤退するように地下室から出ていってしまった。元の姿に戻った狼はこのまま動こうとしたが、体力が消耗している上に足に深い傷を負っており階段に駆け上がる力は残されていない。寧ろ、倒れているシズルを置いて出るわけにはいかなかった。よろけた足でシズルの方に歩み寄り、見つめてみると……わずかに息があったらしく
「リグ……ニス……」
小さく呟いていた。でも虫の息……この場でどうすればいい、どうすれば彼女を助ける事ができる? 狼は思考を回し、奥底に有る遺伝子を通じて解決策を探り出す、しかも変な光景を目の当たりにするぐらいの走馬灯だ……そして繋がった答えを見つけ、自らの血とシズルの血を組み合わせて魔法陣を形成。僅かな魔力を最大限に活用し、願いを込めて深く念じこむ。
―どうか、あの子を助けてくれ。
―動物を愛し、素性の分からない自分を友達だと思ってくれているあの子をこのまま死なせたくない。
―そのためならどんな運命を受け入れよう。その事情を我からも話そう。
―だからどうか、命の灯が消える前に――――
深く念じた結果魔法陣が光り、その光が狼とシズルに包まれた所で地下室の天井が崩れてしまうのであった。
そして後日、調査隊が調べた結果……あの地下室で残されたのは一部の武装隊の遺体だけで、噂された危険生物の姿は無かった……と判明した。
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ホンダワケ 「なんでさー、今回会話ネタないのさー!」 |
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リグニス 「うるさい、とにかく我は疲れた」 |
ちゃんちゃん