
「AAAっと…」
少女は軽やかにAのキーを3回叩く。
検索結果の上から少し下の辺りに目当てのページを見つける。
Ache Armor Army's!
トップページの勝手に再生されるプロモーションムービーが
読み込み中のうちにさっさと閉じて先に進む。
インフォメーションも素通り。
ニュースも後回し。
画面端などでぴょこぴょこと動いている、ディフォルメされた
白と水色の女性型ロボットはちょっと興味は持ったがこちらも後回しだ。
そうして、目当てのページへと辿り着く。
AAAヒーロー名鑑
ア行からはじまるページの一番下へページダウン。
ラ行をクリックし、ページを開いて一番下へ
…と、行きかけて止まる。
レ、ではじまるものだと思い込んでいたが
その名前はラの項目に含まれていた。
(あった。本当にあった!)
羅刹鬼人レンゴク
少女にとっては特別なヒーローの名前だ。
はやる気持ちを抑えてブックマーク。
蒼い装甲。金に煌めく陣羽織。
プロフィールをじっくり読み込み、ポーズをキメているレンゴクの画像を保存。
「は~~~やっぱりかっこいいなぁ~~
変身してもしてなくてもかっこいいのって、ちょっとズルいよね。
ベルトの声だけはちょっと変だけど…」
動画ページから動画を古い順から見ていく。
(こうして見てると、なんだろう……怖くないな。
あの時の…直で見たレンゴクは怖かった。
助けに来てくれたのにどこか怖かった。怖いと感じてしまった。
あの怪人よりも。でも、どうしてかな……)
しかしレンゴクの性格上、PR活動にはそこまで力も時間も割かれてはおらず
ノルマ的に撮ったものだけという感じのラインナップだった。
今は朗らかに爽やかな感じの交通安全動画を再生している。
手をぐるぐる回したりしていて元気いっぱいだ。
(うっわ~~~…なにこれすごい…似合わない。 ウケるー。
あー、でもなんかこういう元気にやってる平坂くんも
……か、カワイイかも…! あ。怒られるかな。ゼッタイ嫌がるよね…。
またあの冷たい目で見られそう…黙っておこ…)
触れてほしくなさそうな過去の動画に触れてしまった少女だった。
グッズのページで通販もしていたので悩みつつ吟味して
レンゴクブロマイドセットと3枚組A4クリアファイル
そしてAIKOという名前の白と水色の女性型ロボットの
ディフォルメされた絵柄のラバーストラップをカートに入れた。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
武岩 至牙はノートPCを開き、受信していた角田レポートを開いた。
角田レポートとは武岩が勝手にそう呼んでいるだけで
当の角田 才次郎(すみだ さいじろう)はそのことを知らない。
保存フォルダ名はsumirepoだ。略されている。
そこにはXYZおよびミカボシ社関連で起きた出来事が簡潔にまとめられている。
それは幹部間で共有しておくべき情報であり
下には教えるべきではない情報も含むため、角田がいちいち打っているのだ。
任せられるのなら部下に押し付けたい作業だろう。
角田は文句をこぼしながらもこうしてマメに送ってくれている。
(…根が真面目だからなサイトロは)
サイトロとは角田の本性であるサイトロクスの略称で、そう呼ぶのは
武岩ことグラフトバベルぐらいのものであった。
サイトロクスはAAAではライノセラスサイズだとかライノサイズの名称で
登録されているサイの異能を持つパワー型の単眼の怪人であり
XYZの幹部の一体として認識されている。
レポートに目を通していく。
異能改造手術対象の候補者のリスト
異能改造被験者たちの経過や評価
大小さまざまな事件の要点がまとめられている
その中にはチナミ区商店街での事件もあった。
(レンゴク、か。これは平坂の奴に任せておけば良かろう。
どうせ奴の事だ、こちらが命ずるまでもなく率先して動いているだろう
奴の……大事な玩具だ)
下級構成員による“人喰い”および試験中の新型機材の無断持ち出し。
“人喰い”とは質の低い下級構成員に時折見られる妄動で
脳、血液、心臓などの異能が宿ると考えられている人間の部位を
喰らい、体内に取り込むことで自らの異能を高めるというものだ。
しかしそれはあくまで根拠の無い勝手な妄想と思い込みであり
具体的な効果も観測されておらず、儀式殺人の類でしかない。
改造された肉体と精神のバランスが崩れることで引き起こす精神疾患と
見られており、XYZとしては発覚次第速やかに不具合品として処分している。
その無軌道な蛮行がXYZに不利益をもたらす可能性が高いからだ。
新型機材。これは安定した兵力を携帯、展開させるものだ。
見た目はテニスボール程度の灰色の球体。
これを安全装置を解除してから地面にぶつけたりすることで起動。
超小型のゲートを発生、個体コードが紐付けされた個体を
地下格納庫等から転送させるという仕組みだ。
具現系統異能のスキルカード技術派生ガジェットであり
スキルカードとは違って一回限りの使い捨てとなっている。
これは機密漏洩を防ぎ、証拠隠滅も兼ねた仕様だ。
そうして展開されるのが灰色の兵士、ワラジスだ。
これは生産性と安定性を最優先して開発された兵隊で
高めの防御力と過酷な環境に耐えるタフネスを備えている。
等脚類の異能を強化する形で設計されているが
攻防ともに特殊な異能は持っていない。
あくまで数を揃えるための仕様である。
人喰いの下級構成員が使用したものはロストした個体コードなどから
試験室に置かれていたものを隙を見て勝手に持ち出したものと推測されている。
本来なら、人喰いを発症するような下級構成員が持てるような代物ではない。
それは彼らのような質の低い「出来そこない」と入れ替えになるものだからだ。
(AAAが即座に始末してくれたのでこちらの手間が省けた。
口減らしと実戦テストが行えたものと考えれば悪くはない。
そこに冴珀が巻き込まれたのは想定外だったが……)
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
冴珀は息を呑んだ。
マウスを持つ手が停止している。
浮ついていた気持ちが一気に冷めた。
開かれているのはニュースのページ。
そこはテレビ番組のHPなどであるようなイベントのおしらせのページなどではない。
AAAが出動した対怪人事件についての速報のページだ。
そこには当然、チナミ区での事件についても書かれていた。
それは羅刹鬼人レンゴクが担当、解決した怪人事件。
チナミ通りアーケードに突如現れた4体の怪人による暴行致死事件。
周辺家屋の損壊、死者2名、負傷者多数。
平和な商店街の一角で起きるにはあまりに痛ましい事件だ。
(そうだ。目の前で人が死んだんだ。私の目の前で、二人も。
助けられなかった。内側から溶かされて、吸われてて…
無理だった。だって、もう……死んでいたから。
現実感がなくてなんとなく実感もなかった。
テレビか映画の撮影なのかとも思った。
怖くて動けなくならないように心がシャットアウトしていたのかもしれない)
「人を助けるための、異能だな。
いい力だと思う」
…人を、助けるための。
嬉しかった。
人を助けるために戦っている人の言葉だから。
けれど、私は助けられなかった。
零れて、失われて、空洞で、塞げない、補えない
冷たくなっていくあの娘の手を握っていることしか出来なかった。
寒い、寒いと震えていた。もう、目も見えないようだった。
他になにもできなかった。
かけられる言葉も持っていなかった。
異能治療士初級の資格を取得して、ちょっといい気になっていた。
医者の真似事をして、ちょっとしたケガを治しては感謝の言葉をもらって
喜んでいただけの、ただの子供。
だから。
私は私に出来ることをしよう。
人を助けたい。力になりたい。
なりたい私に、なるために。
蜂蜜色の日々《ハニーデイズ》
それが私の異能。
自分の体力と水分を消費して、半透明の蜂蜜色の粘性流体を生み出す。
傷口を覆い、保護して痛みを和らげ、その人の持つ治癒能力を強化。
そこに私の体力も上乗せして傷の治りを加速させる。
毒素を分解/無力化する効果も備えているがそれはどちらかというと
おまけのようなものだった。
それが彼の役に立てたのだから良かったのだけれど。
浮かんだ考えをまとめ、椅子から立ち上がる。
短絡的だが、やれることから手をつけるのは悪くないはずだ。
きっと。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
そろり、と廊下を歩き、リビングの椅子にそっと腰掛ける。
そこには父が居た。ソファに身を沈め、ちびちびとお酒を飲んでいる。
私の瞳の色とおなじ色の。
今日のニュースが流れているテレビを眺めている。
その瞳は暗い空のようで冷たい色をしている。
無関心な冷たさではなく、嫌いなものをわざわざ観察しているような
そんな冷めた瞳だ。画面から視線を外さず、こちらに声をかけてくる。
「なんだ、まだ起きていたのか」
「うん。あのね、お父さん」
「どうした、なにか頼み事か?」
「えーっと…明日の。いや、もう今日かな。まぁ、いいや。
とにかく、朝のランニング。私もやるから、連れてって!
だから朝、起こして。…だめ?」
父はヤクザのような風体だが早朝の走り込みやトレーニングは欠かさない。
それはマンションの大家に必要なのかどうかはわからない。
必要でもないと思う。たぶん、趣味なのだ。
身体作りが。
「…そうか。わかった」
父はテレビの電源を切り、グラスを傾けて残りを呷り、小さく息をついた。
「おやすみ」
「おやすみなさい!」
体力だ。
とにかく私の異能は体力を消耗する。
つまり、体力をつければもっとたくさん使えて
もっとたくさん助けられるはずなのだ。
それは一応聞いてはいたのだけれど、実行はしていなかった。
眠いし、疲れるし。冬は特に寒いし。