
Side:Gen
まずわかったのは、
妹が死んでいること。
今の妹は、"妹"ではないこと。
――自分は、妹を守れなかったということ。
そんな状態でのうのうと生きているなんて、あぁ、なんてお笑い種。
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---- 「……いない。俺の籠には、愛しい我が子も愛した貴方も。 いないんだ、心から求めたお前のように慕情を抱えた人間も。」 |
あぁ、居たとも。そして全て失った。
俺なんかに愛された彼らが可哀想にさえ思える。その所為で死んだようなものなんじゃないか。
居ないあなたと、居た俺。どっちがいいんだろうな。
俺はひどく、苦しいよ。
――――耐えがたい。寂しくて堪らない。
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---- 「………世の中の人が、灰闇先生みたいに明るくて真っ直ぐな方だったら、そんな苦労もないのに。」 |
えぇ、そう思いますよ。俺も幼馴染に対してそう思っていた。
あなたを騙していてごめんなさい。
あなたのことを好いているのは本当だ。幸せになってほしい。――それさえ罪のようだ。ごめんなさい。あなたと弟にはどうか、無事でいてほしい。
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---- 「僕には兄弟がいないから、羨ましいな。 灰闇先生のようなお兄さんが居たら嬉しいだろうなぁ」 |
本当に、そうだろうか。――俺は妹を守れなかったのに。
俺が兄でなければ、別のやつが兄だったら、夜焚は死なずに済んだんじゃないか。
俺はお前まで死なせるんじゃないか。なぁ、……。
そんな恐怖だけがあるよ。意気地のない兄ちゃんだよな。
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---- 「自分虐めんのは、気持ちいいなァ? …そうだろ? せーんせ」 |
そうだよ。……自分が幸せになるなんて許せない。
俺が俺を一番許していないんだ。
だってそうだろう。あれは、彼らは、俺の1番大事な、大事な………。
――どうして、あの三つしか俺にはなかったのに。たった三つだけの宝物だったのに。あれらを失わせた存在を、許せるんだろう。
神様のように眩しかった。世界を愛するように好きだった。
なぁ、神様に見捨てられたら、どうすればいい?
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灰闇 眩 「………。」 |
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灰闇 眩 「色々もらってんなあ。」 |
"表"の自分に、そう思う。
――"裏"の自分はその言葉たちに、心の中で返事をした。
いや、逆か?まぁ、どうでもいいことだ。
相手に、この返事は届くかはわからない。
何かを通じて伝わるかもしれないし、伝わらないかもしれなかった。
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灰闇 眩 「…泡沫の夢ってのはこういうもんかね。 残酷でいい夢だ。」 |
ざり、と足の裏で地面が音を立てる。
――襲ってくるものを、嬲るように返り討ちにしてどれくらい経っただろう。
時にはこちらが負けて、退くこともあった。
探しているものは、まだ見つからない。
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灰闇 眩 「…………。俺もなんで動くかね。もう守るもんなんぞねえぞ?」 |
生徒も教師も、あの場所も――殺してしまうのは、自分かもしれないのだ。
半分は自問自答。半分はわかっていること。
そんな言葉を呟きながら、――今日もまた探す。
さぁ、許される<死ぬ>ために進もう。
――戦っていれば、方法を探していれば、あるいは運よく死ねるかもしれないのだから。
生きていて幸せになる道なんて、もうどこにも見当たらないように思えた。
……それに、自分の親しかった人物達が、どうなっているのかだけが、気がかりだったから。
足を止めることは、やはり出来なかった。
大事なものとさえ敵対しかねないこの状況に、いやだいやだとなきわめく、"表"の自分の声はそっと殺した。
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灰闇 眩 「ここが地獄か。」 |
あるいはあちらが天国か。
泣くような、喉を鳴らすような、乾いたわらい声だけが響いていた。
Side:Yodaki
まず自覚したのは、
私は彼の"妹"ではないということ。
求めていた。
ただひたすらに、求めていた。
何を求めているのか、もうよくわからなくなっていた。
――これは、怒り、なのか。
――これは、悲しみ、なのか。
――これは、憎悪。なのか。
――これは――
寂しさ、なのか――。
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りん、と鈴の音が鳴る。 |
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赤枝 夜焚 「兄さん。」 |
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赤枝 夜焚 「……兄さん。」 |
会いたかった。
会って、殺したかった。
殺したかった。
――
殺したかった。
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--- 「夜焚先輩の声も。鈴の音みたいで好きだよ この冬の空気に似合う」 |
――どこかで喜んだ。
私を造ったあの人も、そう言ってくれたから。
あぁ、嬉しかったほどに忌々しい。
そう思ってしまうのが悲しくて、尚更憎悪が募った。
それが本当に"憎悪"という感情なのか、私にはもうわからない。
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---- 「怪我や病気をしていなくても、いつでも来てくれたまえよ。 ここは皆の憩いの場であり、なにせ君は僕の妹だからね。」 |
やさしい人。
まだ、あなたはそう言ってくれるのだろうか。
私は、あの人の妹ではなかったのに。
――妹では、なかったのに!!
この不快感は、騙している罪悪感なのか、それとも、人間と一緒だとされたことに対してなのか――。
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--- 「お前のためだけに何かをし続けてくれる奴がいる場所じゃねぇ、少なくとも俺はする気はない。」 |
そんなものはいらない。
求めた覚えはない。
痩せた野良猫が道を歩いているからといって、あなたはそれを助けられるために歩いているとでも思うと言うのか。
そんなわけはない。勝手なことを言わないでほしい。決めつけられるのは不愉快だ。
――人間のそういうところが、大嫌いだ。
りん、りん、と投げかけられた言葉が響く。
――響く。
――どうしようもなく泣きたくなって、でもこの体は涙は流せない。
生き物じゃないから。
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夜焚 「……会いたいわ。逢いたいわ、兄さん。」 |
幼く、鈴の音が響いていた。