
「一年間、俺んちで小間使いとして働きな。そうすりゃ考えてやるさ」
適当にあしらうその男にすがりつき、最後に得た答えがそれだった
男は自分の名を『ライヤ』と言った
ライヤの家は、あまり治安が良いとはいえない区域にあったが、意外にも大きく、そして立派だった
しかし、その内装は……まったく手入れされていない
この規模の家だというのに、使用人の一人もおらず、ライヤ自身の暮らしぶりも堕落しきったものだった
結果として使われていない部屋は埃が溜まり虫が住み着き、使われている場所も汚れやゴミが多く、自分の先行きを不安にさせるのには十分であった
倉庫がわりになっていたであろう小部屋を与えられ、これでひとまずは夜風をしのげる場ができた
疲れきった体を癒すには良いといえない環境であったが、眠ることができれば十分だった
夜が明け、ライヤが部屋を覗き私にこう伝える
「とりあえず、陽が赤くなる頃には戻るんで、メシを作っておけ
掃除はそのうちでいい、まずお前にそれができるかどうかだ
できてなかったんなら、すぐに出てってもらうからな」
戸がバタン。と音を立てて閉まる
この先の自分の運命は、今日で決まるのだ
屋敷を歩き回り、炊事場を見つけた
そこもまた汚れており、食料の袋と釜戸だけがなんとか保たれている……という有り様であった
その食料はというと、大量の芋と使いかけの調味料……
彼の様を見るに、芋を蒸かして食べる。ぐらいしかやってないのだろう
家事のことを両親から教わっていはしたが自信はなかった、だがとりあえず、最低限できればなんとかなるなとそこで安堵した
炊事場以外にも構造を知っておこうと屋敷を見て回っていると、書斎のような場所があった
使われておらず、本棚の本には埃とクモの巣にまみれているが、その背表紙には
「戦術百書」「剣術指南・上」「騎士として生きるとは」「~~国の戦闘体系とその対策」
戦術書・作法書・戦争の歴史書……あの酔っ払いが持っているとはとても思えないような、自分に必要としていた知識の揃った本たちだった
あのライヤという男は……昔は騎士だったというのだろうか?
それよりも、自分に文字の読み書きができる教養があることの幸運さ、それを教えてくれた両親への深い感謝の念が湧いてきた
埃被った本のひとつに手を伸ばし、恐る恐る開いてみる
『
護るべきものがあれば、人はより強くなる』
それは、私が騎士を目指した思いを押し上げる言葉であり、ゆえに私の心に強く響いた
同時に、護りたかった私の家族のことも思い起こされた
……護るために飛び出したが、きっといなくなった私を心配しているのだろう
護るべき人を、私自身が不安にさせている
自責の念を感じ、声もなく涙が流れていった
私が騎士になることを目指してから、これが最初の後悔だった
陽が赤くなる頃に、ライヤは戻ってきた
彼は、最低限の掃除が成された部屋の机の上に置かれた、芋と香草を使った簡単な料理を目にしてこう呟いた
「……役に立ってくれちゃあ、よけいめんどくせえんだよな」
「字は書けるのか?あとで手紙のひとつくらい書いておけ
誘拐犯になんのはゴメンだからな」
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イバラシティの者は、やはり強い
ハザマのルールがあったといえど、戦闘訓練もしていないような一般人にここまでされるとは
……彼らには、護るべきものがある。そういうことか
くだらない。
面白い。
どちらの心も、私の心にある
仲間の手当てを行い、今護るべきものとは何かを考える
ハザマにいる、運命を共にする者は何者だ?
追い出された者・迷い込んだ者・自ら墜ちた者・死した者・現象そのもの……
何一つ統一性の無い者たちが、イバラシティを獲んとして、共に動いている
もう護ることに飽きた。そう思っていたというのに
自らの背にはまた、護りたい者が着いている
ならば成そう。護るために、相手の護るものを破壊せよ
私は、侵略者だ―――