
【1日目: 怪談蠢き敵を裂く】
むうむうむう。
薄く白い煙が伸びて、人の背丈程度の高さで浮かんでいる。
煙の中心には女が一人、と、白くてまるっこい何かがいる。
この煙は、女のほうが吐いたものだ。手には細長い紙巻煙草。
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焙茶坂 霧里 「本当なんですね。侵略。」 |
咥えて、じい、と吸って、ふっ、と吐く。
すると煙は薄く横に伸びて、また人の背丈にむうむう浮かぶ。
『焙茶坂の次女』霧里
古くより霊媒を生業とする焙茶坂家の次妹。
コミュニケーションが苦手。
【異能】『 実体を持たない存在を実体化する力 』
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天の声 「おうおうおうおうおうおうおうおう。すうねえすうねえすうねえ。美味いか。」 |
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焙茶坂 霧里 「いいえ。この毒は毒の味がします。」 |
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天の声 「アッアー、そいつぁ哀れだ!ほんとになんにも見えないのかい?」 |
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焙茶坂 霧里 「うん。そこの、気持ち悪くて赤い、"死んでないの"だけ。」 |
焙茶坂 霧里。この女、霊媒。
目でこの世ならざるものを見て、異能でこの世に降ろす女。
そんでもって、この世ならざるもののおともだち。
この白くて喧しいてるてる坊主も、この女によって降ろされたもの。
さて、焙茶坂の霧里は少し困っていた。
このてるてる坊主以外、「この世ならざるもの」が見当たらない。
生まれてから今まで幽霊を見てきたこの女は、
常識外れな見た目と振る舞いをするこの世界より、
幽霊が見えないことの方がどうにも違和感だった。
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天の声 「じゃあ、誰もここでは死んでないわけだ?いままで一人も!」 |
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焙茶坂 霧里 「否定しませんが信じがたい。 私の目が悪いと考える方が自然です。」 |
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焙茶坂 霧里 「私は人や犬猫が死んだのなら見えますが、そうでないのならひと目で見つける自信がない。 "人でも犬猫でもないのが死んだの"を見るのには、なんといいましょうか、 多少、ピントをあわせる時間が必要で……今がその、それ?」 |
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天の声 「ふーん。わかんね。」 |
じい、と吸って、ふっ、と吐く。
この世ならざるものをこの世に降ろす力。
このふたりは霊媒と霊だから霊の話ばかりしているが、
その実態は「ないのにあるように思えるものを、実体化する力」。
誰かが「そこにある」と信じていればそれだけでいい。
幽霊、錯覚、幻覚、気の所為、あるのにないもの、ないのにあるもの。
焙茶坂 霧里は、それらすべてをこの世に降ろす。
それなのに、この世のものではないものが見つからない。
異能を使って守り抜くためここに立ったのに。
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天の声 「ほんで、"それ"か。」 |
タバコ
それで、焙茶坂が咥えたのがこの奥の手だった。
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焙茶坂 霧里 「イヤですよね。こんなものに頼ってちゃ、早死にしますよ。私。」 |
一息。今度は大きく吸って、肺まで入れて、それから吐いた。
ずんと意識が重くなる。
ずんと意識が重くなる。
冴える 冴える 冴える 冴える
それは粗悪で特別な幻覚剤。
強引に、存在しないものを目で見るためのとっておき。
視界の外で怖いものが犇めいている。
焙茶坂 霧里が怖れるものが、世界に溢れてくる。
ガリガリ ガリ ガリ ガリガリガリガリ
誰かが地面の裏を狂ったように引っ掻いている。
焙茶坂 霧里は、少しダウナーな目で"赤くて気持ち悪いの"を見た。
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焙茶坂 霧里 「では」 |
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焙茶坂 霧里 「怖い話をしましょうか。」 |
焙茶坂 霧里はすらりと鉄パイプを取り出して、地面を殴った。
周辺の気配の数がどっと増えた。
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