1.『遺産』
爺さんと最初に逢ったのは、俺が三つの時だった……と思う。
はっきりとした記憶はないが、爺さんの広い肩に乗せられて星空を見上げていた。
星見というのは、星を見つめる者――
転じて天文学者やら占星術師を意味するスターゲイザーという爺さんのファミリーネームを直訳したものだ。
職業名が家名となっている家は海外では多いが、別に爺さんが占星術師だったという訳ではない。
爺さんの家は今では、星詠み邸なんて呼ばれてるが代々の家業ではないのだ。
星詠みやら八卦やら怪しげなオカルトには嵌っていた爺さんながら、起業者や実業家としての力量は確かだった。
記憶の中の爺さんは昔からよく遠い夜空を見上げていたと思う。
星々の輝く大海を見上げる爺さんの姿はどことなく寂しげだった。
望郷の想いか、あるいは星空の向こうの何か別のものを見ていたのかもしれない。
しかし、成人すれば酒でも飲み交わそうと笑っていた爺さんは、小さな夢叶わず逝ってしまった。
爺さんが死んだのは、俺が高校に進学する前――数年前だ。
一之瀬の家の遠縁の女性(つまりは祖母)を配偶者に迎えた爺さんは一代で一財産を築き上げた。
散財に励む成金という訳ではなかったが、金食い虫だったのは否定できない。
爺さんは私財のかなりを割いて先端科学の研究に色々と資金援助やら投資をしていた。
その中でも多くの私財を費やしたのが、航空宇宙開発やら深海調査といった分野だ。
爺さんが真に何を求めていたかは今となっては分からない。
……が、そのあたりから現実主義の申し子で名うての経営者である親父とは噛み合わなくなったのは想像に難くいない。
民間企業による宇宙開発、民間有人シャトルの打ち上げ。
爺さんを乗せたLuckyStar号は――
『幸運の星』なんて名前と裏腹に離陸直後に火を噴き、空中爆散、爺さんは空に散った。
海に墜落した機体の残骸から遺体は回収できなかったと聞く。
盛大な葬儀は空っぽの棺桶と遺影を主役に進んだ。
葬式饅頭がやたらと美味くて不謹慎ながら、これなら毎週でも食べたいと思うような味をしていた。
葬儀の為に幕やら垂らされた爺さんの家は、まるで爺さんの家ではないようだった。
別世界過ぎて、実際、葬儀場に入ってしばらくは爺さんの家だと分からなかった。
打ち上げを生中継で見ていた当時の俺は動揺するばかりで、どういった流れで葬儀に臨んだかは記憶が少し朧気だ。
爺さんの立派な墓だって、中は空虚でしかない。爺さんの魂はここにはない。
何となくそんな気はするが、それでも命日には酒の一本くらいは手土産にしている。
墓というのは、故人と対話している気分になるのは良いロケーションだろう。
コニャックの一本くらい手土産にしても罰は当たるまい。
爺さんが化けて出るなら、足のない爺さんとむしろ逢いたいね。
爺さんと話すなら、墓前か雲のない澄んだ日の夜空だ。
カスミ区の湖畔沿いの丘陵などは、爺さんと対話気分に浸るには非常に都合が良い景勝地だ。
よく言えば自然、悪く言えば田舎ゆえに天体観測向きのスポットによく選ばれる。
本当は爺さんに連れられてよく行ったツクナミ丘陵に行けと言われそうだな。
あちらも大学帰りには結構行くが、カスミ区住みで深夜に行くには遠い。
爺さんの遺品の一つに色褪せた一枚の写真があった。
子供の頃に何度も見せられた写真だ。
その中には若い頃の精悍な顔つきの色男時代の爺さんが写っている。
親父やお袋は笑うだけだった爺さんの異様な写真。
背景は合成写真じゃないか?と思うほどによく出来た得体の知れない異形が写っていた。
金をかけたジョークだろうと親父は蔑みを込めて一蹴していた。
確かに今時、心霊写真だって流行らないし、PCで加工すれば素人でも怪しげな写真程度造作もない。
分限者の爺さんなら数十年前だって、こういった細工の一つくらいできはしただろう。
だけど……この写真には何故か引き付けられるものがあった。
これを見ていると、爺さんの語る出自、うさんくさい与太話が事実であるように感じるものがあった。
何となく胸が躍るものがあり、それを眺めながら幼少の俺は爺さんの思い出話を聴いていた。
思い出は幾らでも聞いたが、爺さんの故郷に連れて行って貰った事はないと気付いたのは、爺さんが死んだ後だった。
祖母側以外の親戚を見たこともなく、爺さんは血縁という意味では孤独な人だった。
俺だってスターゲイザー家の人間を爺さん以外見たことがないのだ。
親父やお袋に訊いても同様だった。
遺品の他には、爺さんの遺言状もあった。
写真と同様に親父達は笑うだけで、遺言の中身をまったく信じもしなかった。
誰も信じなかった爺さんの遺言――俺だけは信じてやりたいと思う。
その為には親父に受け継がれてしまった爺さんの家、旧スターゲイザー邸を何とか相続したい。
親父に任せていたら、その内、固定資産税やらで解体されて土地を売りに出されかねない。
一介の大学生程度がそれを願うには、無謀すぎる野望だろう。
でも、いつか、きっと――。
、、、
そう思えば、今回の親父からの提案はチャンスだろう。