身が引き裂かれるような、思いをした。
その時、どうして自分が階段から落ちているのか、海老原有一は理解していなかった。
バランスを崩したのか?
いや、誰かが自分を押しのけた?
故意に、突き飛ばした?
いつものことながらぼーっと歩いていたのだが、
この時ばかりは海老原有一もそれを『後悔』した。
背中に感覚があったか思い出すより先に階段の角に
しこたま背中をぶつけ、感覚は上書きされてしまった。
二度か、三度かそんな衝撃を『痛い』ほど味わったのち、
この半袖半ズボン男にとどめを刺すといわんばかりに90°
に尖って並んだ凶器…階段の角が有一の後頭部にぶつかった。
気が付けば着地にも失敗している。『ヒーロー』が何だというのか。
かっこいい着地も何もなかった。ここにいるのは意識が朦朧として冷たい床に転がっている、23歳の青年だ。
幸いにして出血は微量だが。
『大丈夫ですか!?』
『派手に落ちたな……』
『寒そうだし…』
『あの人冬でも薄着だよ。去年もそうだったから』
『・・・ったく面倒くせぇですね。
・・・・・おっと始まってんのかこれ。』
(……なんか言われてる……)
大丈夫ですか、と肩を叩く強さと声が次第に大きくなっていく。
(……ああ、理想的な救命行動の対応……だな)
大丈夫です、歩いて帰れます…と言おうとしても口が動かない。
体は全く、大丈夫では無かったようで。
(こんな時、俺の異能が……)
『・・・ぁ、そういえば若!?聞こえてますよねっ!!?
私そんなわけで消息不明中ですけど、ほら!ちゃんと生きてま――』
誰かがずっと、場違いな何かを言っていた。
それ以降の記憶がない。
身が引き裂かれるような、思いをした。
「はぁーあ!ほんと、キミ、情けないヒーローだなぁ!」
「そういう所が、応援したくなっちゃうんだ。こっちも忙しいのに勘弁してほしいよ……」
「愚鈍な騎士と同じくらい優しくて、愚鈍な騎士と正反対の鋭槍を心に持つキミ」
「キミには武器を取って戦うチカラがある。」
「もっとも、僕は手出ししないぞ?応援するだけだからな!ふん。」
「……このチカラを、君たちは『異能』と呼ぶんだね。」
「いつか教えた合言葉。きちんと覚えているよな、エビワラアリヒト?」
「忘れるわけ、ないだろう。」
「これは、 をまもるための、異能《チカラ》だから……」
階段から落ちて次の記憶はここから始まる。
誰かに、体を揺さぶられている。
「……ん、」
あー、
何だっけ!?そうだ!
階段からスッ転んだんだ!
あー、やらかしたなぁ!これって、風弥の異能で絶対感づかれるし心配かけんだろうなあ、
俺ってどうして……
「ん?」
体を揺さぶっていた誰かはあたりを見回すともう居なかった。
そもそも、そこに誰かいたのかって話から…
イタタッ!
ぶつけて痛む頭に手をやる。
固くって冷たい!
「お、俺…
はぁっ!?」
俺の手は、
固くて冷たくて、赤いハサミに代わっていた。
ああいやいや!ビックリしてんのは、ハサミ自体にじゃない!
「
お、俺いつ変身したんだよっっ!?」
俺の異能のことは、俺が
いっちばん良くわかってる!
俺自身が言う合言葉と、胸の殻を叩く動作。これがなければ、
俺はこの姿になれないはず。
「く、くそっ……なんだか知らない場所に来ちまってるし、意味が…!」
いや。よーーく見たらここって、イバラシティか!?
ボロッボロだし、知らない時計台があるんだけど。
「……『ここイバラシティは
"侵略"されています。』」
こんな意味の分かんない現象、意味の分かんない世界。
「『敵は
アンジニティという世界。』」
思い当たるとするなら、
「『何者かの侵略能力
『ワールドスワップ』の対象になったとのこと。』…!?」
もうこれっきゃ心当たりがない!!
気絶する前に聞いた『アレ』だ!
異能も、今は難しく考えんのはやめよう!
すっごく体が軽い!
それだけわかりゃ、十分だぜ!にしてもまさか、
本当に、
侵略___
___『侵略』の疑惑はすぐに、時計台の元にいた男、『シロナミ』の話によって確信に変わった。
頭が、ざわつく。
それでいて、どこか
静かにここ、ハザマでの『戦い』を受け入れている俺がいる。
俺が出会ってきた人のどれほどが、『アンジニティ』なのかまではあいつ、教えてくれなかった。
見て聞いて、
戦って知るべしと、痛いくらい残酷に
突き付けられた!突き放された!
風弥は?藤久は?サフィー、カガラ、煙次、杏莉にアケビとイクコも心配だ。早く誰かと合流しねえと…
水泳部、AAA、大学もそうだ。みんな、みんなの無事を、思い出を、お願いだ。
どうか別の誰かじゃありませんように!!
いやだよ、俺!いままでのどこまでがホンモノでニセモノだったんだ!!
全部無くなるのは嫌だ!!奪われるのは!
…感情は、ずきりと痛い。
濁流が襲い掛かってのしかかる。この異能を使うときは、いつもいつも、
感情がとめどなくあふれ出てくるものだけど、今回は。
『ならば、どうする』と心の中で問うものがある。
そうだ。痛いんだ。この痛みを誰にぶつけよう?
「『アンジニティ』に。」
この怒りを誰に!?
「俺たちの日常を、」
この『正義』をどこに!?
「
もう、邪魔なんかさせねえ!!」
「
イバラシティは、護ってみせるぜ!!」
ハザマに、俺の叫び声が響く。
そうだ。『ヒーロー』なら、こうこなくっちゃあな。
今のところは、きっとこれで、うまくいくから。
【ハザマ情報】
初めてハザマへと飛ばされた。
現実 とハザマ の影響により、
海老原有一 といる。
人格、記憶は 存在し、
アンジニティ は が 、
直接 行っている状態。
もし、 が を する、その逆が発生した場合、
アンジニティが一人 なる。