――side [
Ibara]
気付けば季節も巡り五月も半ば。
年明け前後からずっと気にしていた榊のアレも月一で思い出す程度な「あれはなんだったんだろう」的過去の出来事へと追い遣られ、ハインは極普通の毎日を過ごすファミレス店長へと戻っていた。
そして、この時期においてファミレス店長の極普通な毎日は地獄の修羅場と置き換えても過言では無い。
言うまでもなくゴールデンウィークという名の超連勤。
世の長期休暇はサービス業にとってのエクストリームワークタイムであり、ハインもご多分に漏れず、まっっっっっっったく連休の恩恵を受けてはいない――この男の場合働く理由が金銭にないから尚のこと――が……自分自身は休まなくとも、連休という存在を否が応でも意識してしまう。
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(3月は卒業、4月は入学や進級。5月は連休……学生向けのイベントごとが続くなあ) |
具体的には、連休と昨今続いた諸々を総合して、学生という身分にちょっとした興味を抱いていた。
ハインも学校という制度は理解している。
転生の際、基本的な現代知識は脳裏に刻み込まれているし、何より元の世界にも学校そのものは存在した。
流石に義務教育制度こそなかったものの、この世界においての高校、そして大学というものがそれに当たらないという知識を踏まえ、それら二つについては魔術学園だのその辺と同等のものだろうと認識している。
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(実年齢……もとい、精神年齢はさておき。 肉体の年齢からすれば、僕も学校に通っているほうが自然な年齢だよね) |
ハイン自身も生前学校めいたものに通っていたが、エルフの義務教育機関は寿命に対しあまりにも短く、ハインの体感にして100年ほど前に10年程度通った学び舎の記憶など転生云々無関係にうろ覚えだ。
その上で別世界の、仕組みも教える内容もまるで別物な教育機関となれば通ってみたい気持ちも湧くのだが……例えば、今から学校に通いたいと思った場合、解決すべき問題は……。
隙間時間の物思いは連想を繰り返し、少しずつ熟考へと変わっていく。
店に関しては、自分がやりたいと思ったことを叶えてくれる気がするし極論どうとでもなるだろう。
予算に関しては言うまでも無し。
となると……目下最大の問題としては、やはり自分の学歴だろう。
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(あ、でも……今の地位がチートで授けられているわけだし、店長になって不自然じゃない程度の学歴。 義務教育を終える程度の学歴なら、用意されているんじゃなかろうか…… ……とはいえ、公的書類に学歴諸々って載らないし、学校関係の記憶は用意されてないからな……) |
ハインに授けられた知識の範囲で、その辺を証明する術といえば『学校に問い合わせる形で卒業証明書を手に入れる』程度しか無いのだが、その、肝心要の学校が分からない以上問い合わせのしようもない。
意外に、というよりちょいちょい露呈するチートの不親切さに苦笑していると、ハインの背が肘で小突かれ……
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ハイン 「……っと、バイトリーダー? 何か問題でも……ん?」 |
見下ろした先には、相変わらず顔の印象がさっぱり分からないチートバイトリーダーが一枚の紙切れを抱えていた。
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ハイン 「これは……履歴書……? え、これ僕の?」 |
Benny'sのチート税理士はチート顧問弁護士を兼ねており、更に言えばチートバイトリーダーも兼ねているのである。
つまるところ、バイトリーダーとは税理士であり顧問弁護士であり、履歴書の作成を弁護士に頼む人類はまず居ないが、書類作成全般をこなすという雑過ぎるチートを起としている故にこの店というチートが私的な書類までバイトリーダーに作製させたのだ。
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ハイン 「……まさか履歴書まで人に用意してもらうとは…… いやうん、でも助かったよ。僕にその辺用意されてないからね……どれどれ」 |
[ハイン・シェルストリーム]
[~年 痴射斗幼稚園 卒]
[~年 私立痴射斗小学校 卒]
[~年 私立痴射斗中学校 卒]
[~年 私立痴射斗高校 卒]
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ハイン 「…………」 |
へーそうかあ、僕は高校に通いながら店長を始めてたんだ、知らなかったなあ。
……これ、今から大学入りたいと思ったらどういう扱いになるんだろう。
それらの浮かんだ率直な疑問を、ハインはたった一言に濃縮し……いつものように天を仰ぐ。
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ハイン 「……女神様、ホント雑」 |
更に言えば自分の学歴に『痴』の字が並ぶ気持ち、考えて欲しい。
ついでに、履歴書に幼稚園まで書く人居ないって、あなたがくれた知識だよね?
ハインは窓越しに五月の青空を見上げながら、止まらぬ疑問と愚痴とを心の内で繰り返した。