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モモ 「…………ふぅん、武器調達ねぇ……」 |
パラり、パラりと日誌のページを捲って読み進める。イバラシティで生活する自分はアンジニティ……彼女たちイバラシティにいるものはこちら側の認識ができないから、正体の分からない相手に対する自衛手段として携行武器を探してる旨が書かれている
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モモ 「上手くいってないようだが……まぁ武器手に入れたところで私が私になるだけだ。意味がねぇ」 |
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モモ 「それすらも向こうの私にはわかんねぇんだけどな、あー……面白れぇ」 |
『戦争』の時間が来ればイバラシティでの偽装された生活の記憶は、アンジニティで暮らす本当の自分に統合される。その際に……今回の場合だと、正体の分からない相手に対する不安、上手く武器を調達できないことに対するもどかしさ……そういった感情も統合される
多少は感情がその混同した記憶に引きずられるが、そこまでだ。
本物は自分だ。偽装され薄っぺらく厚みもない偽物の体験や機微では、その根本は揺らぐことはない
イバラシティで過ごす自分と、依然アンジニティで暮らす自分は、別物なのだと彼女は割り切っていた
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モモ 「もうちょい探す範囲広げてみる……ってところで終わりか」 |
ぱたり、と日誌を閉じる。この日誌を書いた記憶も持ってはいるのだが、一気に詰め込まれるのと実際に読むのとでは見方も変わる。
なにより、こうしたただの日誌も荒廃したこの世界では娯楽だ。『戦争』までの時間潰しとしても使える
読み終えた日誌を皮の背嚢に突っ込む。まだ時間はある
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モモ 「あ”ー……どうすっかな、食料とかは調達してあるし、やることねぇ」 |
体力は貴重だ。時間潰しの為に散策はしたくない……かといってこのままぼぅっとするのも性分に合わない。何かないか、最悪今仕舞ったばかりの日誌を一から読み直そうか
そう考えながら雑に背嚢の中に手を突っ込みかき回してると、薄くも硬質な感触が手に触れる
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モモ 「あ……?ンだこれ……?」 |
心当たりのない感触を四指でつまんで引き出す……それは薄型の携帯端末だ。暗色の画面はつまんで出した際に何かのボタンに触れたのか、ホーム画面が表示されてる
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モモ 「これ………『私』のじゃん、向こうの。イバラシティで暮らす……!」 |
裏返せば保護カバーにひし形の模様が刻まれたデザイン……それには見覚えがあった。ただし、サバイバル生活をしている自分の持ち物ではない。イバラシティで暮らす自分の私物だ
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モモ 「なんで、いや……まてまて、よく考えればおかしいのはケータイだけじゃねぇ、日誌だ。この日誌だってイバラの方の私の持ち物で、私のモノじゃ……あぁ、ややこしい!」 |
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モモ 「………記憶の統合の弊害か。雑に言えばどっちも私だから、こっちに向こうの私物があってもおかしいって考えつかなかったんだな」 |
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モモ 「お、充電器もあるじゃん。つー事は使えるじゃんこれ、ラッキー」 |
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モモ 「とはいっても使う相手もいないっけか。こういうのって持ってるの一部の奴等だし……計算アプリとかは便利だけどよ、っつーか画面小っさ!私の爪ガツガツ当たって押しづらい」 |
基本的な操作やフリック入力は一応できる。ただ普通の人間の体である向こうとこちらの体が違う以上、その勝手も変わる。湾曲した鉤爪で画面を横一文字に裂いてしまわないように注意して指の腹で操作するのに慣れるのは時間がかかりそうだ
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モモ 「ケータイのおかげでヒマはつぶせそうだが……どうしてあっちの私物がこっちに来てるんだ?干渉できないんじゃねーのか…?」 |
今回の『戦争』を可能としたとある人物の『侵略異能』……数百単位の人物を特定の世界に送り、偽装、そして侵略対象の住人をハザマに引き込む……その規模の大きさと、勝てば現状を打開できると聞き、参加したのだが具体的にどういう異能なのか、どういう人物かはわかっていない
突然提示された今のくそったれな環境から抜け出せる可能性──逡巡する暇もなく一枚噛んだが、自分は所詮はただの駒だ。そも異能をおいそれと他人に教える奴はそうはいない
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モモ 「デケェ異能に驚いたが、かわりに精密性に欠けるとかか……?その綻びや、埋めれなかった箇所がこういう形になって出てくる……」 |
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モモ 「……いいじゃん。つまりいつも通り皺寄せ担当って訳だ、今回はおもしろい方向のおこぼれだがな!ハハハッ!」 |
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モモ 「こりゃあいい暇つぶしになるぜ。なんせ娯楽には飢えてるからよぉ~」 |
イバラシティで持っていたもので共有してるものは現在、日誌と携帯端末
狩り以外で心が躍るのは久方ぶりだ。とりあえず手に取ったのは………
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モモ 「いやぁよかったよかった。時間かかったけど護身武器作ってもらえて、ほんっとトキワ工房長さまさまだな」 |
帰宅して靴を脱ぐ。打ってもらったステッキを手慣らしがてらについてあるいてみたが、違和感はもうあまりない。若者が杖を突いてる姿は少し目立つだろうが、それもすぐに気にならなくなる程度だ。誰もこの杖が変形しピッケルになるとは思いもよらないだろう
異能で打たれた変形機構を持つステッキという戦利品を得て、自分だけの武器を手に入れたこともあってモモはニヤケ面を抑えきれなかった
依然として『侵略異能』による『戦争』の形跡はない。普段と変わらない適度に幸せで、適度にツいてないこともある、平穏な日常が続いている
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モモ 「榊……さん、つーのから警告があってからどれくらい日数経ったっけ?結構長くなるけど何も起きてねぇもんな……なんか、嵐の前の静けさっつー感じに、なんとなく怖ぇえ…」 |
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モモ 「ま!すげー武器手に入ったし、これならやべーやつ着ても逃げれるし、最悪自衛できるだろうし……私でできる努力はここまでだろ、すげーやった。私超えらい!」 |
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モモ 「あとはピッケル……ピオレモードの使い心地だな。廃墟とかイイ感じの崖があったら上るの試せるし……うーん、行動力の化身!」 |
自分専用の武器を打って貰ったこと、間近で職人の生き方の側面を見れたからかテンションが高い。見えぬ侵略相手に対する日々の不安が薄れてしまうほどの多好感を感じる。
しがないバイトで暮らす自分でも行動を移すことができる。もしかしたらこの備えは無駄になるかもしれないが、この経験は自分にとって得難いものであったという確信があった
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モモ 「ま、今日はもう遅いし日誌書いて寝るっとすっか!なんだかんだこの日誌も三日坊主にならずに適当に続けれてるしな~…」 |
ステッキを壁に立てかけ、就寝……のまえに日課にできつつある日誌を書く。内容はもちろん鍛冶職人がみつかり、そのまま精巧な護身武器を打って貰ったことだ。机に広げたままだった日誌用ノートのページを捲り、ぺんをどこにやったっけなと呟きながらペンを空いた手で探し
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*ガリガリガリガリ* |
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モモ 「…………あ?んだこの音?」 |
異音がする
普段から音楽もかけないし、このアパートの周辺は人気が無く騒音もない。だからこそ息をひそめれば周囲の環境音も、この異音もよく聞こえた
固いものが、何かを削るような音。掘削機のような大きなものではなく、コンクリに枝を擦り付けるような、もう少し弱い音……発生源は近かった
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モモ 「………おいおいおい、こっちは超いい気分で帰ってきたんだ。マジ勘弁してくれよな」 |
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モモ 「い、悪戯ならよ。今すぐ止めて尻尾捲れば通報はしないでやっからよ……マジで、止めろよな…!」 |
異音は今しがた手に取った日誌用ノートからする
白紙に目安の行線が引かれた一般的なノート。適当に百均で買った安価なもので、何の変哲もない。変哲のないはずのノートから異音がする
異能を犯罪に使う事件ってのはそうは珍しくない。そんなニュースはありきたりなものの一つで、痛ましい事件が報道されたら、ある程度は心を痛めることもあるが、所詮は他人事だ
その矛先が自分に向いたかもしれない。自分の日常が壊されるかもしれない。
そのことに鼓動が早鐘を打ち、脂汗が噴き出てくる。先ほどまでの多幸感も吹き飛んだ
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モモ 「………やめろって、言ってるじゃん…!」 |
異音は鳴りやまない。
開かれたページは白紙で、何も変わってない
直感的にわかってしまった。このページではない、得体のしれない何かが起こってるのは別のページだと……震える手でパラ…パラパララ…っとページを捲っていく
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モモ 「はは……超、笑えねー……んだよ、これ…!」 |
日誌の最後のページ。白紙であるはずのページには荒々しく文字が刻まれてる……いや、現在進行形で、文字が記されつつあった
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ワたしはアンジのモモ |
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ワたしがホンモノで、オ前はギソウされた人格 |
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モモ 「は、はは……すげー…ペンもないのに勝手に文字書かれてる……わ、笑えねー……!」 |
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モモ 「こんなの、笑えねぇンだよ…っ!!」 |