「なんだったんだろうねぇ」
あれは本当に。
流石のエリカにも家のベッドでだらだらと転がる程度の怠惰は自分に許すものであり、寄ってきたクロを抱え上げて天井を仰ぎながらも首を傾げ。
「一応、なんていうか、あんまりいろいろ分かってない人のとこにまで情報行ってると、困るよねぇ」
「にゃあ?」
クロとしてはそんなこと訊かれても困るといったところだろうが。そらそうだ。
とはいえエリカには友達がおらず、いたとしても援交の話題を共有するわけにもいかず、いやちゃんと友達を作っているのなら或いはそういう話題のできる友達というのも出来うるのかもしれないがそれは友達付き合いで援交してるってことじゃないのか? という風になり、そういうのはエリカの望むところではないので。
別に友達いないのが寂しいとかそういう訳ではないのだが。訳ではないつもりなのだが。段々自信がなくなってくるのも確かだが。
「アオサの人に殴られてたけど、大丈夫かなぁ……ていうか何に回収されてたんだろあれ……」
何があったかというとまあシンプルな話で。
いつもの通り魔法少女の姿でぼんやりと客引きをしていたエリカのところに何やら評判を聞きつけておかしな勘違いをしていたらしく男の手ほどきをしてほしいとか言い出す少年が現れたのでどうあしらえばいいか悩んでいたらその少年をアオサマンがぶん殴って失神させてそのまま前と同じようにアオサマンの腹パンプレイに付き合わされたというだけの話で。
シンプルかこれ? 多分シンプル。
「…………あのアオサの人ああいう暴力性発揮してるんならいつかしょっぴかれたりしないのかな」
「にー」
胸にクロを抱き込みながらついつい本音というか願望が口をついて出る。頑丈なのが分かっているしそれを売りにしている自分相手ならまだしもそうじゃない相手に殴りかかるのヤバくない? そこから助けてやったんだから感謝しろって説教始めるのも相当ヤバいけど。
「ああでもあれだなぁ……しょっぴかれてたらそれはそれで困るなぁ……収入源がなぁ……」
■
「収入源とかいう問題か?」
「届かないツッコミをするのはフレッド貴方の趣味なのでしょうか」
いやだって他に突っ込む人間もいないし。
「スルーするには突っ込みどころ多すぎるっつーか……」
「人類全体の習性という解釈のほうが正しいですか」
「習性とは違うと思うんだけどさ。そもそも普通人間はこんな状況に陥らない」
こんな状況。とは。
自分がいつの間にか少女になって身体を売っている記憶が自分のものとして刷り込まれ続ける状況ということになるのだが。
まあ陥るはずがない。普通は。なんだこの異常事態は。
異常事態なのだが。
「……慣れるもんだなぁ」
「慣れましたか」
「意外と……」
嫌なのは嫌だけど。本当に嫌だけど。嫌に決まってる。
気を許していない男に慰み者にされる経験と感覚が定期的にフィードバックされるのとかどう取り繕っても悪夢だし。本当に無理。嫌すぎる。
とは、未だに思うのだが。
「なんかまあそんなこともあるもんだなって……」
「あるものですか」
「……いやねぇけど」
「ないのですか」
「普通あっちゃダメ」
その普通じゃない、というのに、自分はいい加減慣らされ続けているということになるのかもしれない。
昔はもっと普通に生きていたと思うのだが。ケチの付け始めはどこだったかと思うとまぁ割と自分の選択によるものだったかもしれない、とは思わなくもないがいやあれ悪くないよな俺。
などとしばしば考え込んでいたフレッドだったが、そういえば、と顔を上げて。
「…………なーんか見覚えあったような気がするんだけど」
あのなんか、エリカである自分に何やら勘違いのままに男の手ほどきとやらを求めてきた少年の顔に。
「知り合いにでも会いましたか」
「いやー……どうだろうなぁ、まあ俺があっちでは女なのと同じであっちもこっちでは女だったりするのかもしれないし、そういうのなんかな」
「そうですか。色々なことがありますね。摩訶不思議です」
あってたまるかというのが本音でもあるが。
しかしまぁ、もし本当にそうだとしたら、あの勘違いの意味にこちらでは気付いてたりとかしたらそれはそれで可哀想なような、頭を悩まされたぶん少々いい気味な気分になってしまうような、割と複雑な心境に陥らざるを得ないフレッドなのであった。