「……かわいい顔だってさ。」
「それ、何か色々な意味を含んでいそうで……喜んで良いんですか?」
「どうだろ。」
はは、と笑いをこぼす姉の表情はしかし、眉根をひそませた歪んだ形をしている。
彼女は知り合いで、少し前に仲良くなって、そして、侵略者なのだ。これが侵略側の作戦だとするならば、それは確かに効果があるのだろう。
そう思えるほどに、彼女の感情が、表情に現れていた。
「姉さん……。」
「大丈夫。」
飴屋――チトセ、と向こうでは言うのだろう――から、通信が来た。タイムラグがあり、満足な通話では無かったから、一方的なメッセージだが。
そして再びラグが発生した後、空間が繋がり、目の前に彼女が現れる。
しばらく、姉はメッセージを噛みしめるかのように、何度も、何度も内容を反芻しているように見えた。
同時に、彼女は自らがしたためるべき言葉を、口の中で紡いでいる。
そして、意を決して、彼女は言葉を「飴屋」へ向かって吐き出し始める。
「まだ、生きてますよ。私も、妹も生きています。」
生存を知らせる言葉。それは何処か、怒りのような語気を含んでいて。
「私が聞きたいことは……いくつかあります。ですけど、多分、これだけで良いんだと思います。」
姉の顔を、帽子越しに覗き見る。彼女の顔はしっかりと前を向いていて、普段のおちゃらけた表情からは考えにくいほど、冷ややかな表情をしていた。
こんな眼を、どこかで見たことがあった。
そう、あれは老人だった。杖をついて、今にも枯れ落ちてしまいそうな背骨をしていたが、その眼は常に怖気を感じるほどの冷酷さで満ちていた。
今の姉の眼は、その老人の眼にそっくりだった。彼女の中にもその時の記憶が、あるいは教唆が、残っているのかもしれなかった。
「飴屋さん、いえ、今の貴方に聞きます。今の、こちらの貴方は――」
――――――――――どんな飴が、好きですか。
言った。正直、どんな意図が含まれているのか今の私にはわからない。
だが、恐らく。彼女なりの決意としての言葉ならば、これはけじめなのだろう。この返答次第で、姉の、目の前の女性に対する対応が決まる。
暫く間を置くと――やはりというべきか、タイムラグが発生し、すぐさまの返答はやってこない。ふう、と姉はため息を吐き、こちらへ向き直る。
「大丈夫。どんな返事が帰ってきても、私がやるべきことは、変わらないから。」
そうして向けた表情は、いつもと変わらない、普段の姉の表情だった。
わからない。
どうすれば良い。
向こうは自分を知っているのか。
知っていたとして、アレは同一なのか。
聞けない。
聞けるものか。
知られてしまう。
彼女に知られてしまう。
それは駄目だ。彼女を傷つけてしまう。
私はどうすればいい。
いっそのこと、向こうでの記憶を失うと言うのならば。
消えてしまうか。
眼の前から消えて、何処かへ去ってしまおうか。
いや、そうしたら、血眼になってでも私を探すだろう。
私が消えた事で、自暴自棄にはならないだろうが、もしそれで死を呼んでしまったら。
私は耐えられない。
だが、侵略が終わったらどうなる?
結局のところ別れるだけではないのか?
ならば、分かれよう。
分かれるしかない。
チトセ……サクマさんに、確かめた質問の回答次第。
それで、私も決めるしかない。
覚悟を。全てを明かし、そして分かれる覚悟を。