平均よりは大きい掌の中、握った小石は罅を入れて砕けた。
まるでクッキーでも潰すように、あっさりと。
「えっぐ…………」
自分でやったそれを見下ろして、山王寺白馬は顔を顰めた。
元々握力が弱い方というわけでもないが、
それにしたってコレは『異常』だ。
たしかに逃げるにも最低限身を守るにも、便利ではあるが──
「侵略に対抗するための手段てことか?
誰の意思やねんな……あのほっそい目のオッサンか?」
人の事を言えない糸目の男子高校性は、
ジャリジャリと砕いた意思を地面に零していく。
もしか誰かの意思でないとすれば、
この力は、このハザマとやらの空間自体の影響なのか。
「きっ しょいわあ……」
傍で誰かが聞いているわけでもないので、
とてもストレートな感想が口から漏れた。
誰彼構わずに能力付与というよりは、
自分の能力が強化された結果なのだとは思われたが
それにしたって、自分の体が自分の知らない力を
勝手に発揮するというのはどうも気分が落ちつかない。
「おかげさまで、逃げ足の速さなんかも
上げられそうではあるけどなあ……」
頭の横に手を添えて、こきっと首の骨を鳴らす。
「…………怪我して絆創膏貼ったとこも
もうすっかり元通りやし」
それに、
「……かなり『なんでもあり』んなっとるな、これ」
小石を握っていた方の拳の甲を、空手の指で叩く。
こんこんっ
と、──手の甲からは、肉ではなくまるで骨の塊のような音がした。
そうでなければ、鉄か。石か、鉱物めいた感触だった。
「…………うっわあ……」
我ながら自分の身体が気持ち悪い。
ついでに言うなら、自分の脳もかなり気持ちが悪かった。
「そら、『鉄拳』なんて言い方もあるけどな……」
そう言って、山王寺白馬は、この状況に深々とため息をついた。
* * *
本当に本当に幼いころは、自分は無能力なのだとそう思っていた。
何しろ、目に見えるような変化を起こすこともできず、
どういう条件で発動するのか範囲は何かもわからなかったからだ。
もたらせるのは本当に本当に、ほんの少しの変化だ。
猫の置物を猫にするような『魔法』は使えない。
(そう、なにせ、なりたいと思ったのは魔法使いではなかったので。)
ただ、そう、傷の治りが早かったりはした。
絆創膏を貼っておけばどんな傷でも治るんだよ。と
祖母に教えられた『信仰』のおかげで。
* * *
山王寺白馬の異能は、変化の力だ。
『こうあれと願ったものに、一歩だけ近づける力』
そう、だから───
* * *
「やばいなぁ……」
胃の辺りが、ほんのりと冷えたような感覚がある。
嫌な想像に体の方が反応しているらしい。
「あんまり、みょーなこと考えんようにしとかんと」
色気を出すのは危ない気がした。
ここの出来事が表側に影響を与えないのだとしても。
「この手、やらかく……は、ならんか。
ならんな。たぶん。これまでいっぺん『変わった』あとは、
だいたい、ずっとそのままやったし」
変身とは違う。変化は不可逆だ。
少なくともこれまでは、どれも全部そうだった。
そして、強化されない状態ならある程度の制御ができた速度が
こちらに来て随分と早くなってしまっている。
「まじかー……」
侵略に対抗するとか以前の問題だ。
自分の能力の方を持て余している。
「いっそどっかで寝とるとか、さぼるとか。
いやあ……でもなあ……」
再びの溜息を吐き出す。
今はとりあえず、襲われないことを願うばかりだ。
「物理変化だけなら、いっそまだ制御しやすかったんかなあ……」
詮無い話だとは思いつつ、一人でいるという気軽さがつい口を軽くしてしまう。
「……あー……ヘンなこと考えつかんようにせんと」
自戒を声に出して、しゃがみこんでいた男子高校生は
そこで、2mほどの身体をよっこらせと伸ばした。
* * *
山王寺白馬が異能で変化する条件は『願うこと』だ。
望むこと。欲しがること。想うこと。
それができると、やれると何よりもまず、信じることだ。
本当に願って足を踏み出すなら、或いはそう。
──どんなものにも。