[SIDE:H]
もしかしたら、タクシーを降りた先で家族に会えるかもしれない──
が、そんな少女の願いが叶う事は無かった。
タクシーの降車地点に集う人々の中に、家族はおろか知った顔ひとつ見つける事は出来ない。
恐らく自分と同じ様に集まって来たのであろう人々は、それぞれが様々な表情を浮かべながら留まり、またはどこかへ向かい歩きだして行く。
自分も少し、探す場所を変えてみよう…そう思い、少しばかり歩を進めた時だった。
(……あ…)
人波の中、不意に少女の顔が強張る。
顔だけではなかった。
体が、足が、まるで根を張ってしまったかのように竦んで動けない。
鼓動だけがいやに大きく響き、額にじわりと冷たい汗が滲む。
(…だ、だめ…動いて。皆を、探さなくちゃ…!)
こんな風になるのは、熾庭の家に来て間も無い頃以来だった。
確かに今でも人の多い場所は苦手である。
しかしそれでも、こんな風に体が竦んで動けなくなるといった事には、もうならなくなっていた──筈だった。
(……何で、今…そんな場合じゃないのに…)
己の不甲斐なさに、僅かに動く口で唇を噛む。
この状況が、自分の心に思っている以上の負荷を掛けている事に、少女自身は気付いていない。
募る焦りと不安が、じわじわと更に少女を搦め取っていく。
(どうして…どうしよう。どうしよう… ………誰か、──)
「サツキちゃん!」
「────!」
人波のざわめき、耳障りな鼓動の合間を縫ってそれは、その声は、何よりもはっきりと耳に届いた。
この赤い世界で、自分と、現実とが繋がる初めてのもの…
「あっ…」
まるで縛めを解かれたかのように顔を上げるのと同時、するりと声が出た。
先程まで動かなかった足も、踏み出そうとする意思そのままに前へ出る。
「ミランさん…?ですよね?──ミランさん…っ!」
不安な顔を隠す余裕すらないまま、自分の名を呼んだ男の元へ駆け寄る。
僅かに見開かれた水色の目、金色の髪、大柄な体躯。
そのどれもが、今の少女には例えようもない安心感を与えて寄越した。
「……あっ。…はい、あの、どこも怪我は…大丈夫です…!」
(…大丈夫、大丈夫だ。私はまだ、大丈夫だから…)
こちらを気遣う言葉に頷きながら、胸の内でもそう唱える。
小さい頃から、幾度となく繰り返されてきた言葉。
崩れそうになった自分を支える為の、それは少女の"おまじない"だった。
「店ちょ…ミランさんも、無事でよかった…。──会えて、よかったです…」
そうだ。自分の事ばかり考えてちゃいけない。
状況は、ミランとて自分と同じなのだ。なのに、こちらの心配ばかりさせる訳にはいかない…
不安も、思わぬ安堵から泣き出しそうになった気持ちも。
その全てを飲み込み、こうして少女はどうにかまた自分を立て直したのであった。
…そして。
大きな男のその足元に、もうひとつの現実世界との繋がり──
白と黒の小さな姿に少女が気付くのは、このほんの少し後の事。