難を転じる事を掲げたナンディナ家。
現在でも王族との近縁に属し、貴族の中でも地位は高い。
その祖は古く、黒の騎士の末裔とも言われている程だ。
私はその五男兄弟の末弟として生を受けた。
四男のマグヘマタイトとは歳が近かったが、
三男のマグネタイトと四男の間は10歳程の差があった。
次男のウスタイトは家を継ぎ、齢が二桁になったばかりで私は叔父になった。
長男のリモナイトのことはよく知らない。四男が誕生する前に悲しい事があったそうだ。
私は黒の騎士に憧れてからずっと、四男と共に親衛隊に入る三男に稽古をつけてもらった。
「私たち赤色個体は、赤い剣が一番軽く扱える」
「明るい黄色であればその次に軽く、重い青であれば重く感じる」
「だが、補色の緑色には及ばない。有彩色では、あれが一番重く感じるのだ」
三男の説明に私は疑問を投げ掛けた。
「では、黒い剣はどうなのですか? 」
返答は三男ではなく、四男がしてきた。
「重いに決まってるだろう。男の使用人がうちの“あの剣”を数人がかりで運んでたんだぞ」
ですが、と私は反論した。
「私たちは黒の騎士の末裔です。そうであれば、黒の剣を持てるのは当然でしょう」
そうですよね、と私は三男を見た。
三男は何も言わず、いつも私たちを見守る温かい目をしたままだった。
それは、長男が黒地に還って16年目の追悼日だった。
最も大事にされる“16”という数字であったからか、その年は親戚だけでなく外の人も集まった。
その会場に、我が一族の象徴としいて“あの剣”は飾られることになった。
齢二桁に成長したばかりの私は、この時を待っていたと言わんばかりに使用人の間に立ち入った。
使用人は私の要望を断れず、そのショーケースの鍵を開けた。
いつも眺めていただけの“あの剣”が手の届く所にいる。
私はこの剣を手に取り、会場に運ぶつもりでいた。
使用人の手間を楽にさせたい。そんな建前を持って。
黒の騎士は偉大な英雄であり、私はその末裔である。
そうであれば、この剣を扱う権利があるはずである。
幼い私は信じていた。根拠なく確信していた。私は生まれながらの英雄なのだと。
吸い込まれそうな程の漆黒の”黒の剣”の柄を掴む。持ち上げようとする。
だが、微動だにしない。それどころか、これまで持ったことのない重さを感じる。
次第に私は焦り、力任せに振り上げようとする。
剣はそれでも動かず、代わりに手が滑った私は後ろに転び、ショーケースのガラスを割った。
血塗れになった私を、両親は涙を流しながら何度も叱りつけた。
上の兄弟にも理由を聞かれ、私はただ泣いていた。
痛かったし、反省は勿論のこと。そして、黒の剣を持ち上げられなかったショックもあった。
私は、英雄ではなかった。黒の騎士にはなれないのだ。
憧れとの解離を見せ付けられたようで、私は手当てを受けても泣き止むことが出来なかった。
そんな中、三男が私の腕の包帯に触れながら話す。
「お前の色変術硬化膜は綺麗な深紅だったな?」
私は頷く。
皮膚の下にあるという色素の塊である臓器は、ガラスが皮膚を裂いた際に見えた。
「そうだ。それで間違いない」
「だが、ここに“黒”が混ざれば濁った色になる」
「うちの家系に黒色個体は居ないんだ」
「だが、これも忘れるな」
「英雄は、誰かを救ってこそなれるものだ」