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一瞬の感覚のズレには慣れた。しかし、転移する間に貯まった記憶の逆流には慣れない。
二つの世界の自分は、全く同じ自分だが、記憶の差異によって、もう別人の記憶のように感じる。
三回目の転移。
四人…。もうそれだけの転移の間に四人を殺している。正確には四匹かもしれないが、それは些細なこと。
アンジニティ勢力を削れば削るほど、あの人達の笑顔が守られると思うと何でもできる。
ネオンは荒れた土地を歩き出す。止まっていても何もできない。
探索による武器の調達や知り合いとの接触、敵の殺傷、全ての行動が意味あるものとなる。
冷静な思考はAIが処理するが、感情だけはそうもいかない。
「…ホワイトデー、楽しかったなぁ…
温泉番長さんも…真紅お姉ちゃんも…マナカお姉ちゃん、
ランニアお姉ちゃんもちゃんと受け取ってくれて…嬉しそうだった…」
あちらの自分が運んできた幸せな思い出。眩しすぎる。辛すぎる。
歩きながらじっと自分の手を眺める。
ホームレス生活のせいか少し硬くなっており消えない怪我もあるが、比較的綺麗だ。
いや、綺麗に見えるだけだ。
「もう僕のこの手は……」
冷静な解析を進めるAIが近付く人間を捕捉する。
「キミ、まさか…本当にネオン君かい?」
「……どなたでしょうか?」
自分の名前を知る存在を観察する。
黒毛に赤目に黄色眼鏡・小太り、おそらく30代男性と予想する。
しかし、そんな人物知らない。会ったことがない。
「否定しないという事は本物かぃ…。
いやはや、流石ハザマ!!なんでも有なんだな!あれれ?!
私の名前を知らないのかい?!えっだってキミはネオン君だろう?!」
「…すみません。わかりません。教えてくれませんか?
あとなぜ僕を知っているのですか?」
「あぁ!その声!!その表情、本物だ!これは私だからこそ解ることッ!いやあ~神様ァ!エディアンン!感謝します!」
「…あの、聞いてますか? 答えないならもう行きたいのですが…」
「…そうか!すぐ気付かなかったのは…髪が伸びたんだね?色を変えているんだね!
そうだそうだ!キミの髪色は全部『青色』だったものな!!イメチェンかい?!それもかわいいね!」
「……。この白いのは…白髪です。そうですね、昔よりも髪が伸びました」
「おいおい…マジかよ…。何をそんなにしたらそんな姿になるんだい?!辛かったんだねェ…キミのチャンネルが消えてから苦労したのかい?!」
「色々あったので…。貴方の質問に答えても、僕の質問には答えないなら、もう行きますね…」
男の前を通り過ぎようとする。
「R Y O RYOだ」
悪寒が走る。
「…RYO…お兄さん…?」
男の口が歪に曲がる。
「わかったようだね。キミに投げ銭した額は、7桁はいっていたかな。キミをずっと応援していたよ」
コメントでしか知らない存在。
画面の向こう側で見ていた一人、しかも過度な熱を持つ一人のリスナー。
過熱した投げ銭によってチャンネル内で一定の地位を得て、両親に動画のリクエストを飛ばした一人。
特に辱められる内容が多かった畏怖の存在。
そんな存在が目の前にいた。
『30,000円の投げ銭ありがとうRYOお兄さん。大好きですよ』
過去の言わされた言葉をAIが引っ張り出してくる。
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RYO。男は、いや怪物は興奮していた。下腹部の血が濁流のように回ってマグマのような熱を蓄えていた。
別世界で数多の罪でアンジニティに流刑された怪物は、この世界でも罪を重ねていた。
その中の一つが小児○○○○○。
姿・記憶の改竄でイバラシティに潜りこんでも怪物は歪んだままだったが幸いなことにそこで罪を犯すことはなかった。
変わりに偶然ネット配信で見つけたネオンに傾倒していく…。
あまりにも大好物、あまりにも標的、あまりにも○○○○…。
多くの時間、お金を費やし、ネオンへの虐待を加速させていく。
実態のない存在への投資という欲望の願いは、ある種の儀式のようにもなっていたはずだ。
だからこそ、願いが叶ったと神に感謝。
興奮の極地。
きわめて冷静になろうと諌めても隠しきれないのは先の会話通り。
文章で表現することが困難な想像を重ねている。あえて一言で凝縮するなら「犯」
怪物は人間に擬態したまま罪を犯す。
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「今の返答で、キミの質問は全て答えがでるだろう?じゃあ次は私の質問だね?!ネオン君は一人かいッ?!」
「はい…。一人で逃げのびています。RYOお…RYOさんもお一人ですか?」
「おいおい!昔のようにお兄さんと呼んでほしいなぁアぁ? …まあいいさ。キミが成長しているようで嬉しいサ。
私も独りだ。味方を捜している。きっとキミもそうだろう?!キミは掴んだら折れそうなほど細くてすぐに壊れてしまいそうだ!!」
「はい…、僕も助けてくれる人を捜しています。今のままではもう無理かもしれません…」
「あっはっは!ネオン君、今のは質問じゃないぞおオ?!緊張しているのかな?!いいよいいよ!聞きたいことがあるならどうぞ!」
「RYOさんは、どちら側ですか?」
「…私はイバラ側サあ!きっとネオン君と一緒だと信じている!なぜなら私達は繋がっているカラさぁ!」
「…良かった。僕も同じです。あぁ…良かった…。安心しました、知っている人がいてくれて…」
…マジか?マジか?!!マジか?!!!!!警戒されていると思ったが、これはもしかしてもしかしちゃうかアァ?!
最ッ高のシチュエーションで!!○○○○して、○○○して、○○せるのかい?!あああネオン君んんn!!!
「…さっき言った白髪が本当ならキミの苦労わかってあげれるヨ。同じイバラ側だ。私と一緒に戦わないかい?いや、守ってあげるヨ」
「…本当…ですか?裏切ったりしませんか…?だってここに来る時も…あぁ…」
「何があったか知らないが、キミのミカタさ。だってキミは私のこと知っているだろう?どういう人間か知っているのだろう?」
「はい…。ずっと見てくれていましたから…」
「なら、ほら信頼してくれとは言わないが…一緒に着いてくるだけでイい。信頼はそこから積み重ねればいい」
「…でも…」
「そうカ…。ここで色々あったのだろう。私も危険な目にあった。その気持ちは理解できる
だからこそ、共有して協力するべきじゃないのかい」
「……」
「…仕方ナい。ネオン君は大好きだが、信用してくれないのなら…ここでお別れだ。…変わらず応援しているよ」
コイ…コイ…来い!!!来い!!!!!!!
男が背を向けて去ろうとするその時
「…ま、待ってください!置いていかないでください…!」
少年が弱々しく叫び力なく駆けて、男の背中を追う。
来たアアアァあああ!!そうだよソウだよ!!!この展開が最ッ高なんだよ!!!あああこれから信用させて、高まった時に裏切って歪んだ顔を眺めながら…嗚呼!ダメダメ!まだ我慢だア!
だが、だがアアあ!最後は俺のアレでブッすりと
ザクッ
怪物の背中に少年の姿はなく、ナイフが鋭く突き刺さっている。
ネオンは、差し込んだナイフを力の限り「回し」刃先を横に「切り込みながら」引き抜くと、すぐに離脱し10m距離をとる。
「う、ギギイイイイイ!!ネオン、ア前ぇ!!!何してんダア?!!」
片肺と心臓付近を痛め、体を地面に落としもがき苦しむ。
「お前のことなんて信じると思ったのですか。行動なんて昔の言動で大体の予想はつきます」
「エディアン。その名前を口に出した時点でアンジ側です」
「…痛いですか?配信時に貴方が薦めたゲームで同じ箇所を刺されましたよ。痛いですよね」
「刃先には毒を塗っています。すぐ楽になりますよ」
ネオンが語りかける中、咆哮を続けて殺意を向けていた怪物は苦しみの呻きを全て吐き出し動かなくなった。
この土地で殺した相手から奪った時計を見る。
既に動かない死体に大きな石を投擲し、死後反応を観察しながら10分待つ。
その間、これまでのことを少し思い出すだろう。
毒は、二つの世界で存在する野草の毒。これはイバラシティの図書館で学んだ。
エディアン。これは殺したアンジが言っていた榊の対比の存在。
AIが算出した人物像。あんな事を平気でする怪物が人間なわけがない。
その後、すぐ反撃できるよう構えながら近寄り、ナイフで脚の腱、頚動脈、目を切り込む。反応はない。
死の擬態の可能性が消えて一息はいた。
「もうあの時の僕とは違うんですよ。…貴方の所持品、使わせてもらいます」
「ビニールに入った…肉…?もしかして食料…?怪物の目先を変えるために使えるかもしれません。
えと、これは拳銃、ですね。…大きいですね。試しますか。RYOさん、実験台になってくださいね。 …んん!グッ…痛い…。一発打てるかどうかですね…
ユミールお兄さんなら扱えそうなので、持っておきますか」
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「ふぅ…。これで侵略阻止に一歩近付きました。」
一通りの作業が終わり、ふと手を見ると血だらけだ。
ホワイデーの記憶。ランニアお姉ちゃんに言った言葉。
『…ランニアお姉ちゃん、僕が大人になったら、綺麗で美味しい手作りのお菓子をたくさんたべさせて喜ばせてあげます……僕は頑張り屋さんですからね?』
「…僕は頑張り屋さんです。今も頑張っていますよ…でも、でもこんな手で作ったお菓子…食べてくれるのでしょうか…?」
一粒の涙が流れる。地面に落ちる前に世界が反転する―――――