「……あれ?」
「姉さん。」
「おかしいな、鍋を食べてた気がするのに。」
「え、なんですかソレずるい。」
ふと、再びあのハザマと呼ばれる場に立っていることに気がつく。
一度、イバラシティに戻った後に、前回のハザマでの行動直後の時間へとワープしたのだろう。
つまり、数日間の記憶を定期的に突っ込まれつつ、ハザマで行動していくことになるわけだ。
「うわ……ずーっと荒れ果ててる。」
榊と名乗る、怪しさがスーツを着た男が呼び寄せたタクシーに乗って、着いた先からしばらく歩く。
道路はひび割れたアスファルトに覆われていて、森や草むらを歩くよりは歩きやすい、といった程度。
マップを見る限り、ここはチナミ区だという。自宅のあるツクナミとは、ほぼ反対側だ。様子も見たかったが、歩いて到達するのは難しいだろう。
チナミといえば、例のキャンディ屋がここにあるのだったか。行っても、この様子では何があるとも思えないが。
「なんか、こうしてると思い出すねえ。」
「何をですか?」
「小さい頃、カスミのキャンプ場に行ったときにさ、舞と二人で探検に出たらいつの間にか暗くなって、ひんひん半べそかきながら戻ったことあったじゃない。」
「あー……。いや、あれ半べそかいてたの姉さんでしたよね?」
「いや流石に小学校入るか入らないかの頃の舞華の前で……泣いてたっけ?」
「泣いてました。……私も泣いていた覚えがありますけど。」
「舞が泣いてて、なんとかしなきゃなあ、って思ってた記憶はあるけど……そうかぁ、私も泣いてたかあ。」
情けない姉だねえ、とつぶやく声が、響かずに瓦礫の中へ吸い込まれていく。
記憶。
そう、記憶だ。あの胡散臭い榊という男が言うには、ワールドスワップという力により、記憶は補填されているという。
イバラシティの、今に繋がるまでの記憶が。
どこまでだろう?
……彼女に、記憶はあるだろうか。
私が思い出しているという事は、彼女も、"私が本当はいない"ということを思い出しているかもしれない。
必死に話題をつなぐ。違和を感じさせないように。彼女に、自分はアンジニティではないと、証明するために。隠し続けるために。
だってそうしなければ、彼女はきっと迷ってしまう。守るのをためらってしまう。余計な悩みを抱えさせてしまう。彼女は、ただまっすぐ、行ってくれればいい。
恐らく、侵略が失敗し、ワールドスワップの効果が無くなれば、私がいたという記憶も、痕跡も、全てが消えて失せる。
だから、今だけだ。今だけ、ごまかせれば良い。
壊したくないのだ。だって、この関係性が、家族という形態が、私が何度も失って、ようやく手に入れた望みなのだから。
たとえコレが手に入らないとしても、渇望した物を、私が壊して手に入れることをしてはいけないのだから――――。