今でもよく覚えている。あの時の、そう……最期の時の、親父の顔を
だからアタシは、決めたんだ
この使命は、必ず果たす。たとえこの命に替えても……必ず――
気づけばそこは、アタシの知る場所ではなかった
"アンジニティ" その世界の名を聞いたことはなかったが、
襲ってきたやつの首を締め上げればここがどういう場所かはすぐ知れた
様々な世界からの『否定され追放された者』が棄てられる世界
内から外への道は完全に閉ざされている――――
魂を直接揺さぶられたかような気持ちだった
逃げていった連中を、追いかける気にもならない
ああ、神とは、運命とは……ヒトを弄ぶことしか楽しみがないのか
アタシ達の決意をどこまでも、踏みにじることしかできないのか
それでも、諦めるわけにはいかなかった
たとえ神が、運命が、今ここで挫折を望んだのだとしても
必ずこの世界を出て、最後の使命を果たす
それは"呪い"と理解を拒むなら拒め
それは"まやかし"と在り様を笑うなら笑え
それでもこの使命は、果たされなければならない
親父が託して、アタシが受け取った
それこそが唯一無二の事実なのだから
アタシは再び立ち上がって、歩き出した
まずは拠点が必要だ。きっと長い戦いになる
水と食糧も考えなければならない。手持ちのものは有限だ
どこかで増やすことを考えなければならない
この荒野の先に、良い土壌があると思いたい。望みは薄いが
ああ、神よ、運命よ。ヒトを弄ぶクソッタレよ
こんなことでは折れやしないぞ
こんなことで消えやしないぞ
怨嗟は消えない。嘆きは消えない
悲しみは、怒りは、潰えやしない。させはしない
アタシが必ず、伝えてみせる
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スペイド 「見ててくれよ、親父。貴方の無念は、必ず伝える」 |
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スペイド 「それがアタシにできる、最後の親孝行ってやつだからな……」 |
この世界での生活は、思っていたよりは簡単に安定した
そもそもアタシや親父の種族である『ウッドエルフ』というのは
親父が生まれた世界では、古き樹木の神に仕え森を育てるため生まれたそうだ
当然のことながらアタシにも種としての『植物を操る力』が備わっている
まあ、親父が手を加えたからか、その力はかなり強くなっているらしいけど
ウッドエルフは植物に近い種族だから品種改良すれば強化できるなんて
発想もすごいけどきっちり成功させるなんて、流石は親父だよな!
そんなわけでクソッタレとの戦いのための概念干渉耐性とか
そういうのと一緒に盛り込まれた能力強化を活かして
アタシは森を作り出し、そこに拠点を構えることにした
たまに襲われるし、それで放棄せざるをえないことも何度かあったが
一度作ってしまえば二度目からは多少ラクになるってもんだ
食糧や薬を求めてアタシの森に入り込んだやつを捕まえ
情報や別の物品と引き換えにそれを渡し、追い出す
この生活はなかなか良く回っていた
一向にこの世界を出る手がかりがつかめない、という点を除けば
ある日、アタシはそいつと出会った
いつものように森を巡回していて、外周で倒れているそいつを見つけた
背から翼を伸ばしてうつ伏せのそいつは、行き倒れのようにも、見える
だがその割には血色は良さそうでとても倒れるようには見えない
こんな世界だから当然警戒する。だが罠にしろ、放置はありえねえ
とりあえず蔦で縛ってやると、そいつは顔をあげた
赤い瞳が緑の髪によく映える、美しい女だった
少なからず距離があるというのに目が合った事実に舌打ちして、そいつから距離をとる
草木の声は、女が追ってはこないと教えてくれた
あるいは追う必要がないほど、目がいいのかもしれないが
ひとまず拠点に帰って、麦粥を作り、鍋を持った
行く先は当然、さっきの女のところだ
行き倒れを装っているなら、食糧はきっと交渉に役立つ
こちらが食糧を持っていることを教えるのは、治安の悪いこの世界じゃ危険なことだ
だがそれでも、困ってるようなやつには手を差し伸べるのが"善行"ってもんだろう?
対価を求めるこれを善行と呼んでいいのか、自信はない
それでも見て見ぬフリよりはよっぽど善行であるに違いないと思えた
弱みをも晒す善の道は、困難ではあるが、きっと誇り高い生き方だ
アタシがそうして善を為せば、やがては親父の名にも箔がつくってもんだ
死者はもはや何も為せない
それでも、生きてるアタシの為したことが、その名に泥を塗らないよう
親父の名に恥じない生き方をする
最後の使命を果たすにあたって、アタシが自分に設けたひとつのルール
たとえそれで使命を遂行できるとしても、親父の名に傷が付くような手段には頼らない
これはクソッタレな運命への、神への、ささやかな反抗だ
道を一度でも外せば、親父の無念はきっと色褪せた空虚に変わる
そんな気がしたから、なりふり構わずってことだけはしてやらねえ
お前らの理不尽には、負けない
だから今は、この鍋をあの女に届けよう
とりあえず縛ったままで麦粥を食わせてやる
話はそれからゆっくりと、するのだ
そんなことを考えながら、再び森を駆けた
"ティーナ"を助けたことだが、今でも間違いだったんじゃないかと考えている
だってあいつ、あれからアタシの家に住み着き始めたし
なんか行き倒れを外から拾ってくるし。めっちゃ拾ってくるし
何度拾うなって言っても聞いてくれやしない
とりあえず飯は用意するけど、そのまま居座られるのも困るから
元気そうになったやつには保存食と水を持たせて追い出している
頭とか下げなくていいから、さっさと消えてくれ。仕事がまだ残ってんだよ
そんな日々を過ごし、なかなか集まらない脱出のための情報にやきもきしていたら
――――それは唐突に始まった
"ワールドスワップ"
有無を言わさない……おそらく世界規模の攻撃に、アタシは意識を失い
気づけばまたも知らない世界で、しかも男の体に意識を閉じ込められていた
この"クワハタロクロウ"とかいう男だが、どういうわけか
アタシにはその記憶を読み取ることができるようだった
まあ、読み取っていくうちにその理由はすぐに分かったが
この男は"紛いモノ"だ
このイバラシティの、仮の住人。イバラシティに適応した記憶を与えられ
イバラシティの住人として動く、アタシを閉じ込める檻だ
とはいえ多少手間取ったが、この男の疑心が檻にヒビをいれてくれて
アタシはイバラシティで一時の自由を得ることができた
こちとら概念干渉耐性持ちで対神戦闘を想定した改造兵士だ
むしろ世界に干渉する力への対処は得意分野だぜ
まぁ、本当にこれが戦闘だったらもう何回死んでるか分からねえけど
対処に時間かかりすぎだし。自信なくすぜ……
しかも"ティーナ"のやつなんでもないようにこっちにいるし。ほんとへこむわ
とにかく、これは好機だ
一時とはいえアンジニティから出られたということは大きな前進に違いない
おそらく時間は多くないし、この貧弱な"紛いモノ"の体に配慮する必要はあるが、
試す価値は大いにあるといえる
今こそ、アタシの使命を果たすのだ
そのついでに、このくだらない侵略とかいうのも、邪魔してやらないとな
"ティーナ"のことだからおそらく……なら、接触する価値はある。まずはそこからだ
ほんと、"住人が入れ替わる"なんて、そんなこと許せるわけねえだろうが
それこそまさに親父の無念、そのものなんだからよ
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桑畑緑朗 「うっ……ここ、は」 |
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???? 「よう、気づいたかよ」 |
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桑畑緑朗 「君は、まさか……」 |
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スペイド 「ああ、察しのとおりさ。アタシはスペイド。お前の"正体"ってやつだよ」 |
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桑畑緑朗 「……!」 |
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スペイド 「そう睨むなよ。これからしばらくは、嫌でも付き合うことになるんだからよ」 |
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桑畑緑朗 「やっぱりオレは……存在しない人間、ってことなのか……?」 |
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スペイド 「そのとおり。だがまあ、そう悲観するこたねえだろ」 |
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桑畑緑朗 「……?」 |
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スペイド 「仮初の命だろうが、そこに意味がないわけじゃないってことだ。いずれわかる。いずれな……」 |
To Be Continued...