―――彼女は、浮いていた。
「魔法少女、マジカル❤ラビィ♪ ラブリーに登場~っ❤」
天高く、空の上から街を見下ろして。
ハートを象った先端を持つ桃色の魔法の杖で地を指し示す。
その先には、黒い粘土を捏ねたような不格好で幼稚な、耳の無い兎のような造形をした、
5階建て、7階建てのビルを遥かに超えた体躯と、頭の代わりに穴のような”顎”を持つバケモノがいた。
近隣の人々は、逃げ惑っていた。
遠目に見る人々は、そのバケモノを恐ろしく、そして疎ましいものを見る目で見ていた。
「んもぉ~っ! 悪い怪獣は、ラビィちゃんがやっつけちゃうよっ❤」
魔法の杖が、光り輝く。
「 らぶりぃっ❤びぃいーーーーっむ ♪」
鮮やかな薄い赤色に輝く一筋の閃光が空間を切り裂いて一直線にバケモノ―――彼女曰く、”怪獣”―――を結ぶ。
チリ、とその閃光の通り道の直下にいた人間は肌が焦がされるような感覚を覚えた。
それは太陽の光をレンズで集めたような、目を焼くほどの光量と熱量。
照射から2秒足らずで、怪物の腹部と思われる場所が破裂する。
破裂した、と思われる。
血も、肉片も飛び散らない。
ただファンシーなハート型の”何か”が周囲に飛び散り、
ソレの意味を教えるように、怪獣の身体がべっこりと窪んでいたのだ。
人々は、声を上げずに呻くようにうっすらと口腔を開く怪獣を恐る恐る観察していた。
やがて腹を抉られた怪獣が大きくブルリと震えると、ジャッと巨大な棘が彼女に向かって伸びた。
近くに居れば、鼓膜を強く叩くような猛烈な風圧を産む大質量が真っすぐに空を割く。
「きゃあっ!?」
悲鳴を上げて、くるんと逆上がりをするように宙を回転しながら降下すれば、数秒前に彼女がいた場所を寸分狂わずに貫き、やがて轢き潰す勢いで棘が通過していく。
「び、び、びっくりしたぁ……! あ~もぉ~っ! 大人しく、やっつけられなさーーいっ☆」
人々は、急に動き出した怪獣に悲鳴を上げ、やがて遠くからはサイレンの音が響く。
「 ハッピィ❤スターレイィーーーンッ ☆!★!☆!」
魔法の杖が、天を指し示す。
キンッ、とガラスが打ち合うような音がして一条の光が真っすぐに空の彼方にまで飛んでいく。
そうして、”二本目”の棘が、グチグチと地面にへばりついたゴムを剥がすような耳障りな音を立てながら怪獣の身体からその先端を見せようとしたその時。
パパパパンッ。
と、爆竹のような乾いた音が4つ。
次いで、ポキュッ。と強い炭酸を一気に抜いたような軽い音が響き、
怪獣の背に矢の如く突き立った虹色に煌めく、細い細い光の柱が刺さる。
そうして、「バーン」とも「ボーン」とも聞こえる風船を割ったような音がして、
シャラシャラと音を立てながら、雪に似た光の雨が辺り一帯に舞い落ちる。
「ふふーんっ❤ ラビィちゃん、だいしょーりっ! いぇい☆」
そうして、彼女は世界に向けてピースサインを突き出した。
――――彼女は、最後まで浮いていた。
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「ええと、確かこの辺りで待ち合わせしてたよね。」
「ふふーん♪ それじゃあ、今日は頑張るぞーっ❤」
「世界の平和のために、ラビィちゃんふぁいとっ☆」