| 過去が今を作っている。今は未来につながっている。 過去を失えば今も失われて、今を失くせば未来も消える。 ウォイヤ・ワームだったはずの自分は、ウォイヤと名乗る真っ白な何かに変わり、見えていた世界ががらりと変わってしまった。
「なるほどね。 それでアイデンティティが揺らいでたってわけかい?
君としちゃ結構な事件かもしれないが…僕としちゃうれしいね。 僕だって自分が自分である自信なんてこれっぽっちもないもんだからさ。 その仲間が増えたようなもんだよ。」
アーサーはそう語った。アイデンティティの揺らぎ。 そうなのかも知れないと、思った。 自分が自分でなくなったことに、気持ちが揺らいでいるのだろう。 何せ、変わったものなど何もない。 自分は最初からこうだった。 ただ、その事実を知ったというだけなのだから。
「……坊ちゃんがそれを事実だとするなら。 これからどうしたいんだい? 今見えなくても、探したいって思えるなら、これから探せばいいさ。 そうじゃないなら探さなくたっていい。」
ゲルダの問いへの答えが、分からなかった。すぐには答えられなかった。 だけど、最初に自分は、誰かと話したいと、そう思った。 自分の中に残っている大事なものが、見えてきた。 この学校であった友達、大切な人達と、一緒に居たい。
「ほんとに大切なのはぁ。記憶が護れていることでも、失った記憶を取り戻せることでも、ないですぅ。
私は確かに、大切なものを失いました。けどぉ。 思い出は、私の心は……残ってるでしょぉ?ちゃんと、“あなたの中”にもぉ。」
スピッツは記憶が無くなってしまっても、笑っていた。 そして自分の中にも、彼女の思い出が残っていることに、気が付いた。 きっとそれは、自分も、彼女も、同じこと。
「ウォイヤがみんなのために奔走するから、みんながウォイヤのことを覚えていて、 それがウォイヤの存在を確固たるものにしているんだと思います。
思い出ならこれからいくらでも作ればいいんですから。」
フィークはそう言ってくれた。揺らいでいた自分を、支えてくれた。 自分はもう、ウォイヤ・ワームではなくなってしまったかもしれない。 けれど、それでも、自分のことを覚えていてくれる人が居る。 大切な友達が、この学校で出会った人たちが。 そんなみんなと一緒に、これからも思い出を作っていきたい。 そう思った。それだけで、前に進めるような気がした。
「わたしは…私は知ってます ウォイヤさんの事…ここに居ること…
たくさん優しくしてくれた事も…私は覚えてますから」
つむぎの優しさに包まれて、涙を流した。 けれどあなたが一緒に居てくれるだけで、心が温かくなるのを感じた。 あなたとずっと一緒にいたいと、そう思った。 きっと、ずっと前から気付いていたのに、勇気のない自分は、それは叶わぬ願いだと、最初からあきらめていた。 でも、それでいい。それでいいと自分に言い聞かせていた。 それが、まさか、あんなことになるなんて。
「――言ったでしょう? 誰かを好きになるって事は、綺麗事だけじゃ済まされない、って。 ――ウォイヤさんも、自分にとって後悔しないのは何か、「その時」になって慌てないように考えて置くと良いと思いますよ。 と言うか、考えておきなさい。 何かあっても私に任せておけば安心とか、甘えた事を考えてるんじゃないでしょうね?」
つむぎの記憶は、変えられていた。 大切なものを忘れさせたアルマに、自分は怒りさえ感じていた。 けれど、背中を押してくれたのも、そんなアルマだった。 なぜ彼女がそんなことを言ったのか、自分にはまだ分からない。 けれど、その時確かに、気付かされた。 綺麗事ばかりを言って、何もしなかったのは自分なんだと。
「私は好きな人の幸せそうな笑顔が見たくて恋をしました。 結果思いは遂げられませんでしたが、想いは確かに伝えられたので後悔はしていません。
ウォイヤはどうなんです? ツムギさんの何に惹かれて恋をしましたか? ツムギさんをエルフに取られても後悔しませんか?」
そしてフィークのその言葉で、決心した。 後悔はしたくないと思った。 やれることは、やっておかなければいけないと、思った。 遅すぎたかも知れないけれど、それでも、今できることを、全部やっておこうと。
だからウォイヤは、魔法を使った。
Sprend manns Hoc, flijde tuui boll.Sprend manns Hoc, flijde tuui boll.Sprend manns Hoc, flijde tuui boll. Boll tuui flijde, Hoc manns Sprend.Boll tuui flijde, Hoc manns Sprend.Boll tuui flijde, Hoc manns Sprend.
フィークと一緒に焼いたクッキーに、願いを込めた。
『このクッキーを食べたひとが 幸せになりますように。』
「…素敵な魔法ですね。 美味しく幸せになれるなら、沢山食べなきゃですね。 ふふ 幸せな事何か起こるでしょうか。 食べないんですか?」
「俺も一緒に食べるかもっての忘れてた。 俺が食べちゃったら効果半分になっちゃわないかな…?」
「それなら、なおさら一緒に食べてほしいです ウォイヤさんも幸せじゃないと、私自分だけ幸せにはなれないんですからね。」
「そっか、そっか……それじゃ、食べないわけにいかないなー。」
これから先、何があるのかはまだ分からない。 けれど、きっと、時が戻ったとしても、この学園で出会った人たちとの時間は、まだまだ続いていくんだろう。 だからこれから、もっともっと、思い出を作る時間はある。 消えてしまった、偽物だったかこの時間よりも、ずっとずっと長い時間を、一緒に過ごしていくことができる。
『このクッキーを食べたひとが 幸せになりますように。』
クッキーはちょっと固かったけれど、忘れられない味だった。 |
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