質量が乗った重い一撃に簡単に身体は飛ばされてしまう。
風を切り弧を描き地面へと刀が突き刺さると同時、強かに体を打ちつけ衝撃や痛みに混乱した状態でなんとか息をしようとマスク越しに喘ぐ。

「おま――」

「アニマちゃん激おこプンプン丸〜」

聞き覚えがありとても居合わせたくない声、こいつとやりあっても勝ち目は無い――
反射的に撤退するべく身体を起こそうとするが一歩遅く
外見に似つかわしくない重さに動きは封じられてしまう。
身体の内側から骨の折れるような音が聞こえた気がした。
喉からなにかがせり上げ、吐き出すが生憎とお互い黒い服を着ているためになにを吐いたかはわからない。
とにかく苦しく、同時に乗り上げた少女の体重のおかげで内臓が破裂したか破損したかというのは大体の目測がついた。
――とにかく逃げなければならない。

思考を読み取ったかのように動かそうとした瞬間手首を潰される。

「え〜？何してくれちゃってるんですかぁ〜〜？？
　もしかして女児相手に暴力ですかぁ〜？？？信じられませぇ〜んっ
　私、あなたがそんなにクズクソだって思いもしませんでしたぁ〜、むねんむねん〜〜〜」

手首は関節を失い赤い肉と皮膚、そして白い骨を伺わせ既に使い物にならなくなっていた。
激痛になにかを吐き出しながら苦痛に喘ぐがごぽごぽと水が合わさりとても聞き辛く耳障りな音だった。
残るは両足と左腕。
物理的な行動に出始めたアニマに太刀打ちできるほどの術は無く、どうやって逃げるかを必死に思考する。
胴体はアニマに乗られ、腹と背中がくっついてしまう錯覚を覚える。
そうだ、胴体から上をどうにかして切ればそこからどうすればいいんだろうか左手だけになって這う自分をアニマは簡単に捕まえるだろう。
切断という点はアニマと思考が一致したようだった。

……

……

……

……

アニマからエリカが見つからないと相談され共に探す事になり今に至っている。
既に制裁はアニマが行っており、放置されたエリカを開放すべく片膝を付き様子を見る。
怪我といえば指を１つ切断されているという事と、どうも興奮している事から精神的にショックを受けたように見受けられた。
辺りを探すと切断された指を見つける。
表面は鋭利な刃物だったようで綺麗なものだった。
これなら傷跡をあまり残さず治せるかもしれない。
契約したエンブリオの力を使い指を治してゆく。
表面は綺麗についたがまだ指は痛いかもしれない。

「パパ…パパ……パパ…死んじゃうの？」

震えるような、小さな問いがかけられる。
目の前の子供をここまで追い込んでいたのはその疑問だったのか、と鉄男は何か返そうとした時――

「大丈夫ですかぁ〜？もう心配ないですよー
ごめんなさいねぇ〜、エリカがおばかさんなの忘れてて、
ちょっと目を離した隙に怖い思いさせてしまいましたね〜
でもエリカのパパも居ますしもう大丈夫ですよ〜」

調子の変わらない声がかかる。事が終った様で、辺りは凄惨な状態だった。
大人しくなった天津国は身長が縮まり顔色も紙のように白くなっている。
まだ小さな子供をこんな場所に居させてはあまりよくないと判断する。
こちらを見るアニマに対し一つ頷く姿勢を鉄男は見せた。

―――――――――――――――――――

「あらあら」

先輩に様子を見に行くと返したためなくなく様子を見に行くと明らかに何事かあった痕跡しか残っていなかった。
あたりは血に塗れ男のものと思われる手足が散乱している。

「――――」

か細いがまだ息のある声が伺える。
その方向へ探してみると目的の、手足を失ってしまった先輩が転がっていた。
血液を失い顔色はすっかりと悪い。
それでも生きているのは化物の血が半分流れているからだろう。
よほどの事でなければ半妖は死なないのだ。
この状態でも生贄である自分のようなものの血を与えてやればほどなくして復活する。
やったね安野ちゃん、天津国に大きな貸しができたよ。
にやにやとしていると力の入らない声で天津国が文句を垂れた。

「はいはい、ロングダックスフンドとかに手足持ってかれる前に回収しちゃいましょうね。」

袖からポリ袋とゴミばさみを取り出し広げてやる。
色は黒だ、こうすれば中身が見えてしまい歩く18禁（グロ）になる必要性はない。
配慮なのだ。
だが――

「私が本気を出すのはコミケのダンボールくらいでこんな事に労働力裂きたくないんですよ〜」

身体の一部を回収しながらよくよく考えてみれば男一人を持ち帰る算段である。
身体がバラバラになり多少血が抜けて体重が減っても男の体重なのだ。
その事に文句を垂れていると

「コンニチハ、安野サン天津国サン。何ヤラ大変ソウデスネェ
　ワタクシ、丁度出口ガ解ラズ迷ッテイタ所デシテ…
　天津国サンヲ御持チ致シマスノデ、宜シケレバ同行サセテ頂イテモ？」

ここ最近になって聞く声色だ。低く落ち着いた声色だが明らかに人外と感じさせた。
振り返ると普段見ている人の頭よりも高いところに頭がある。つまりは相手はとんでもなく身長が高い。
確かこの男はと名前を思い出すようしばし間を空け。

「あらー……ハーヴェイさん！
　こんにちは、迷子なんですか？長身化物系男子でキャラ確立しているのにそこに迷子属性とか
　どんだけ萌えキャラ積んでるんですか是非喜んで持ってくださいやったー！」

楽をできるならそれに越した事はない。
何故こんなところに来ているのか偶然にしてはできすぎたような気もしたが安野にはどうでも良い事だった。

「元気デスネェ、有難ウ御座イマス。」

一つ返事で袋を渡すと臆することなく取り出している。
相応に人間らしい扱いをし、挨拶まで交わされさすがの先輩も挨拶を返さざるを得なかったようだ。



そうして



歩くグロ肉を持ちながらの雑談はなかなかにスリリングであったが、相手はなかなかに話し上手のため気にはならなかった。

「南瓜さん的には受けですか攻めですか、個人的には長身受けはありだとおもうんですよね！」

「ソウデスネェ、会話ノドッチボール的ニハ受ケ手ニ回ッテカラノ攻メデスカネェ」

聞きたくて仕方が無かった事を聞いてみると嫌な顔一つせず答えてくれる。
この人はとても良い人だ。
…なるほど長身化物系男子の受け手に回ってからの攻めジャンルはありかもしれない…。
そう脳内メモに刻み付けていると今度は相手からも質問が飛んでくる。

「嗚呼、ソウデス。ワタクシモ御二人ニ御聞キ致シタイノデスガ…
　コノ場所ハジキ無クナリマスガ御二人ハコレカラ如何サレルノデ？」

自分は元の世界に返る事はせずこのまま別の世界にいってしまおうと考えていた。
だがどうして相手はそんな事を聞くのだろう。
ちょっとした警戒心が沸いてしまう。

「これからですか？
　そうですねぇ〜…もうちょっと辺りを"観光"しようかなあって。
　先輩はー？」

観光を盾に後の行動を誤魔化し、次に振る。
今まで黙っていた天津国だったが声をかけられ僅かに反応を示し。

「………。」

あまり思考が働いていなさそうな目をさまよわせた後、だるそうな声で「わかんね。」 といった返答を返した。
恐らくこのまま復活してもこの男はまた同じ事をするか一生この失敗を攻めていきかねない。
愛国者である彼に対し、その気持ちはまったく理解できなかった。

「まだお国の役に立つ云々引きずってたんですか。
　成功しても失敗してもあの世界に損は無いですしはなから１学生にそんな期待なんてしてるわけないじゃないですか。
　あ、すみませんこっちの話で。ところで貴方はどうされるんですか？」

正直に物を言ってみると珍しく思いきり睨まれたが、手も足も実際に出ないどころか袋に詰まっている相手は怖くはなかった。
険悪な空気のままではせっかく手伝ってくれている相手に悪く今度は相手も聞いてみると。

「ワタクシデスカ？…ソウデスネェ、ワタクシハ用事ガ終リマシタノデ帰リマス。」

とても完結な答えが返ってきた。
用事？用事とはなにをしていたのだろう。
エリカという少女を取り巻く環境は遠目に眺めている程度だったため理解が少ない。
今更ながらにそれを聞くのも相手にとって嫌な話だったらどうしようか
そんな事を考えていると、自然と会話が発生していた。

「シカシ、御話ヲ聞イテイルト天津国サンハ祖国ノ為ニ奮闘サレテイタノデスネェ…
　何ヲサレテイタカハ解リマセンガ、コンナ身体ニナル程マデ頑張ラレル等
　並ノ方デハ出来マセン、情熱的デ素晴ラシイ精神ヲ御持チダ。」

笑顔と、感慨深いといった様子を示された天津国は返す言葉を失ったようだった。
考えるように視線が泳ぎ、暫くして小さく「ども」といった返事を返す。
気がつけば森の出口へと辿り着いていたようだった、再度天津国へと視線をやると何事か考えているのかどこか視線は遠い。

―――――――――――――――――――

こうした失敗は何度も経験したことだった。
遠征中部隊が壊滅状態になり討伐目的の化物を目の前に撤退したり等だ。
だからそういう部類なのだと考えもしたが
最初のうちは機械のようなものを相手にしていると思い楽な仕事だと思っていた。
時間が経ち気づくと機械のようなものは心を芽生えさせかけていた
これには対処に困り、強硬手段はあったものの正当な対処は難しく感じていた。
思えば罰としてこの任についたのだが失敗すれば怒られる。
それにこの技術を研究すれば良い事は沢山あると実感していた。
顔には出なかったものの躍起にはなっていたのだ。
だが現実はどうだろう、原因であった少女も殺しそこね
やろうとしていた事が明るみになってしまった。
立場もなく自分の存在が追いやられている。
機械のようなものは明らかに自分に対して不信感を持っているようだった。
漸くついた腕を干満に動かし顔を覆う。

孤独だと実感した。

(地面に頭を密着している相手に合わせるように自分も土下座して謝罪した)