浮遊感の中で目を覚ます。
身体は鉛のように重く感じる。
目に入ってくるのは、どこまでも続くようなこの世とは思えない空間。
全ては歪み、慌しくその姿を変えてゆく。
その中で唯一変化のない存在を見つけた。ソウハだ。
意識のないソウハは、手を伸ばせば届くはずの距離を漂っている。
しかしいくら手を伸ばしても届かない。

ふと自分の腕に巻かれているブレスレットが目に入る。

徐々に直前の記憶がもどってくる。

*----*----*

アラヤたちはいつものように、襲ってくる魔物を退けた。
その戦闘で血まみれになってしまったアラヤを見てソウハはひどくうろたえていた。
しかし傷が大したことないのを知ると、普段の落ち着きを取り戻した。

*----*----*

腕に巻かれたブレスレットに視線を移す。
花びらと蒼い羽根で作られた簡素だがどこか魅力のあるブレスレット。
ぼんやりとそれを眺めながら、断片的にだがさらに続きを思い出す。

*----*----*----*

以前手に入れたネクターの花びらが突如光始め、周囲に魔力があふれる。
さらに数匹の魔物たちが、その魔力に引き寄せられるように集まってきた。
状況が飲み込めないまま、アラヤたちは戦闘に入った。


いつもどおり、アラヤたちは力を合わせて難なく魔物たちを退けた。
しかしその直後、ネクターの花びらが一際輝いたかと思うと突如大爆発を起こし、アラヤたちはその爆発に飲み込まれてしまった。

そのとき、何かに亀裂が入るような音を聞いた気がした。

*----*----*----*

アラヤたちは、死んだのかしら・・・？

徐々に離れていくソウハをぼんやりと眺める。
ちょうど意識をとりもどしたソウハは、こちらに気がつくと必死に手を伸ばし名前を呼ぶ。

「あぁ、やっぱりまだ死にたくないんだ。」
「ソウハは普通の子だものね。」
「もしも本当に死後の世界があるなら、またそこで・・・って、アラヤは同じところに行けないかな。」


「ごめんね。そしてさようなら。アラヤの──私の初めての友達。」

開放された最後の感情と、一縷の涙と共に見えない奔流に呑まれてゆく。

ソウハが呼ぶ声は遠のいてゆき───


『ようこそおかえりなさい、“人間”の世界に。』

薄れゆく意識の中、どこかで聞いた気がする声が聞こえた。


*----*----*----*----*

　───月日は流れ、ここはとある世界


「───みつけた・・・。」

町外れにある廃墟と化した聖堂に少女の声が響き渡る。
ひび割れた窓から差し込む月明かりに照らし出されるその表情は、年齢のわりに大人びている。

「よかった、同じ世界で・・・。」

手に持った本をパタンと閉じ、ぽつりと呟く。
その口元は少し嬉しそうに綻んでいるのがわかる。
少女は床に展開していた魔力探知の術式を収束し、その中心からブレスレットを拾い上げて自分の腕に巻く。

「せめてお姉ちゃんもこれくらいの魔力があれば探知できるのだけどねぇ・・・。」

花びらと蒼い羽根で飾られたブレスレットを大事そうにひと撫でしてため息をつく。

「まぁ・・・“二人”で探せばいつか見つかるはずよね。」

「約束はちゃんと守ってもらわないとね、ソウハ。　ふふふ・・・。」

少女は赤みがかった桜色の髪をなびかせて、古びた聖堂を後にする。
その顔には意地悪そうな、しかし嬉しそうな笑みを浮かべている。


“人間”にもどり自由の身になった少女は、まずは大事な友達に再会するべく歩き出す。