長い間、長い間
暗い闇の中にひとりぼっち

私は閉じ込められていた

違う

閉じこもっていた

外に出たら、壊れてしまう
外にでるのは、怖い

手を濡らす熱い血が冷めていくように
目の前で横たわるその亡骸もまた冷めていく
命がなくなっていく感覚

それを感じているのは私じゃない
私は闇の中だ
命の重さに耐えているのは私じゃなく
もう一人の、外側の私

───父は暗殺者集団の頭領だった
多くのアサシンを従える頭目
いわば、最も人間らしい、人間の仕事をしていた

私は父が好きだった
不器用なりに私と母を気遣ってくれる優しい父が
時には厳しく、暖かな父が大好きだった

だから私はそんな父と一緒にいようと思った
父に寂しい思いをさせたくなかった

私は病気で死の淵を彷徨い、妖狐の眷属へ転生することで助かった
そして母も…アヤもまた、雨月の縁を断ち切るため妖狐の眷属となった
父一人だけが、人間のままに在った

神狐・嵋祝
その住まいで暮らしていた私には幼なじみがいた
明るい、太陽のようなきんいろの髪が眩しい女の子
名前は陽姫
丁度、私と同じ年に生まれて、姉妹のように育った。
そんな中で妖狐となった私も、お揃いになったと素直に喜んでくれていた
私は、陽姫のことが大好きだった

だから、別れの日に
何も言葉をかけることができなかった───
涙を堪えるのが精一杯で───
口を開くこともできなくて───

もし泣いてしまったら
もし言葉を口から発してしまっていたら
父は私を連れて行かないだろうと思った
だから耐えた

アサシンとしての鍛錬にも耐え続けた
人の命を、雑花を刈り取るように奪うことにも耐え続けた

気がつけば
私は私を闇に閉じ込めていた





……いいえ、違う…閉じ込めたつもりになっていた




思い返せばそれらを見抜いていたであろう父に言われ、妖狐堂に戻ることになり
お互い成長した顔を陽姫と突き合わせた。

その時の陽姫の顔は、一生忘れない。

綻んだ笑みを浮かべる前に一瞬だけ、とても悲しげな表情をした陽姫

なぜ何も言わずにいなくなってしまったのだと
どうして数年間も一度も連絡しなかったのだと

自責の念が心を突き刺し、穴を開けてしまった
深い深い闇に穴が開いてしまった
そこから差し込む陽光は、その時の私には眩しすぎて……

あんなに仲良しだった陽姫と、うまく接することができなくなってしまっていた……




自分の手は既に血に塗れすぎていて
真っ白なキャンバスに触ってしまうと、汚してしまう
洗っても洗っても、この汚れは落ちなくて
くっつきすぎないように…触れ過ぎないように
自分なんかが、汚してしまわないように

気がつけば私は陽姫を冷たく突き放すような言葉さえ使っていた
陽姫の悲しげな顔を見ると、閉じ込めたはずの心が痛んだ
わずかに空いた穴から、痛みが伝わって、苦しかった




でも

陽姫は、ずっと私の側にいた
ずっと、離れず一緒にいてくれた

いつだったか
暗闇の殻が、音を立てて崩れ落ちていったのを覚えている

その時に私は、数年ぶりに笑えたのだと思う───





何もかもを話した
何もかもを受け入れられ
何もかもを共に背負うと言ってくれた

何もかもが正反対のはずで
何もかもが違うはずの他人で
何もかもが認めざるをえない、そんな相手に

私は一生を捧げようと
否、共に捧げ合おうと誓った

このメルンテーゼで過ごした時は、私の一生の内でもっとも鮮烈な記憶となった
同時に、自分が昔と何も変わっていない子供であることを知り、
大人への第一歩を踏み出せた、そんな思い出の地となるのだろう

私の名前はルナ、月姫＝彩洛
雨月ルナとして生をうけ、神狐嵋祝の眷属となって月姫と彩洛の名を賜った狐
今年で満十五の歳を迎え、来年には陽姫と共に高校へ進学する


───ここは、私とヒメの新しいスタート地点だ

ふらりと、立ち寄るように現れ。