長く旅を続けてきて、自分の中で少しずつ何かが変わってきたように思う。
神乃の人達、カムヨリの人達、自分に近い人達としか向かい合ったことがなかったぶん、
異文化を持つ人と会話を続けているうちに、かなりの収穫があった。

問いかけに対して考え、自分なりの答えを伝える。
当たり前のことでも今までとは違って、自分で発したその言葉と”向かい合って”考えるようになった。

目を閉じ、着実に成長したんだと心の中で自分を褒めよう……とした矢先。


『――やっと、気付いたのね』

「……！　あっ…！」

久しく聞いていなかったあの声。頭の中に響き渡る。
懐かしささえ感じるくらいだ。

『様子を伺っていたのだけれど。今の貴女となら話が出来そう。』

「そうね…。今ならちゃんと貴女と向かい合えるわ。――未琴。」

声の主の名を呼ぶと、ふふ、と笑い声が響いた。

昔、修行をしていた頃からずっと聞いてきた声の主。
最初は誰なのかまったくわからなかった声の主。
いちいち私に口を出してきて、うるさいとさえ思っていた声の主。
実体はないものの、いつしか意識として存在していたもう一人の自分。

「貴女、よく私に『気付いて』『認めて』って言っていたわね…。
それがどういう意味だったか、今になってようやく分かったわ。」

目を背け、向かい合うことすら恐れたこともあった。
だけど今の自分にだからこそ分かる。

「私は由緒ある神乃に生まれた子。
先代の力を受け継ぎ、”先代と同等の力を持って務めを果たさなくてはいけない”
って思っていたわ。」

『神乃に伝わる治癒能力…いずれは自分も先代のような地位につく身。
だけど貴女は…先代ほどの力を持ち合わせていなかった貴女には
その事実だけが重く圧し掛かっていた。』

「私なら出来る、やらなきゃいけないんだっていう観念で縛られていたのよね。
実際には、うまく能力が使えなくて…葛藤があったわ。
そんな私を見て肩を落としていた身内の姿、自分自身幼いながらもその時のことが忘れられなくて。
『どうして、こんなことも出来ないの？』
『本当に、必要とされているの？』
そう問いかけているうちに…貴女が出てきた。」

『このままじゃ貴女はずっと悩み続けると思ったから。
貴女は貴女のままでいい。先代になる必要はない。…それに気付いて欲しかった。』

「それをうるさいと一喝していた私は、
その事実と同時に貴女…自分自身を否定し続けていたのね」

責任感が強いのが、かえって心の鎖となっていた。

ひとつひとつの言葉の重み。弱い部分を受け入れること。
今この旅をしていなかったら、気付くこともなかった。
本当にこのまま悩み続けていたかもしれない。

『その言葉が聞けただけでも十分伝わったと思ってるわ。
ここまで長かったけれど、私の役目も終わりそうね…。
初めて私が貴女に問いかけた言葉、最後にもう一度だけ聞くわ。』


『――貴女は、どう在りたいの？』


深呼吸を一回。
自分自身の言葉と向き合って答えを出す。

「私は”神乃未琴”！
未熟な部分はあるけれど、自分が持てる精一杯の力で、
私なりにカムヨリの巫女を務めるわ！」

志を持って強く答えると、先ほどまで頭の中で響いていた声は聞こえなくなった。


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カムヨリを飛び出してきたのも、
知らずと自分自身が成長を望んでいたからこそ…と思えるようになった今。

一番近くで、私を見てきた董琉に。
改めて自分らしい言葉で伝えてみよう。

『私は神乃家の中でも力の及ばない巫女かもしれない。
そうだとしても、私なりの志を持って巫女を務めるつもりでいます。
宮森董琉、貴女は神乃の従者として今後も私を支えてくれますか』

――そして。

『董流。……私と、これからも友達でいてくれる？』

どんな答えが返ってくるだろう。
想像を膨らませつつ、董琉の元へ向かった。

――大きく柄を回しながら刃を消し、背面に収めた