長かったお祭りが終わる。　最後のひとさわぎ。
　アイオネラに生まれた者にとって、この瞬間は最大のピンチだ。
祭りが終わり風が吹く、胸にぽっかり穴が空く。
　そのきもちを沈められないまま、本当に胸に穴を空けてしまう奴の多さたるや。

モルト自身も、その未遂者である―― 音・・・空気を扱う彼女は、胸に風穴が空いたくらいじゃ死なないし、事実死ねなかったのだ。

故にこそ世界を旅した。
楽しみを見つけることは第一義。　けれど心の何処かで、自分に相応しい、世界最高の終わり方を見つけるべしと心得て。

豊穣の世界メルンテーゼを移動先と定めたのは、ほんの気まぐれだったのだろう。　本来ならば、楽園に似た場所になど行く気も起こるまい。
エンブリオの存在と、一揆の発生。　それがなければ、何処とも知らない場所で静かにその生を終えていたはずだ。


けれど、そうはならなかった。
祭りが終わり風が吹く。
彼女に触れた空気の流動はゴッソリと消失し、七色の音楽となって背後に解放される。
たぶん、歓喜の歌。

頭蓋の反響音に到るまで味わい付くし、最早何の感動も起こさないと思っていたものたちが、命の煌きのなかで齎してくれた刺激。
新たな興奮が、彼女を満たしているからだ。

まずはそいつらと同じ視点にたってみようと。
　敢えて一時的に聴覚を遮断し、目を見開く。
久方振りに”目だけで見た”世界は、彼女を急かしてやまない。

約束した男が居る。
　思い出してみれば、待っている奴がいる。
再会を誓った子がいたのだった。
　翻弄された相手への意趣返しが終わっていない。

新たな視点は、記憶をすら七色に改ざんする。
　モノクロですらなかった世界に、灯がともったようだ。
新鮮であるということは、かくも。　かくも。

頬に張り付いた歪んだ笑みは消えて、子供のように困り顔で笑う。

こうなれば、万能無限のつまらない自分さえも嬉しいばかり。
その力を振るい、あるいは今以上に挑戦し、この先をそうしていきることができるだろう。

それは一時の事かもしれない。　しかし今この瞬間は確実に、呪いから解放されて。
生の為の必要ではなく、自らの欲望のために、楽しみを求めて。

モルト・スフォルツアートは、漸く歩き出す事ができたのだ。

暗転。

　　　　　　男はそっと指輪に口づけた。