その異変にはじめて気づいたのは傍らで見ているフィニーだった。
　彼女自身の経験値。格闘を得意とするというものも、間違いなくあっただろうが、なによりも外から見ているということが大きかったのだと思われる。
　それにくわえて、彼女は少し前に、違和感とも言えるものを感じていた。だが口に出すほどのものではないと判断していたし、その判断が間違っていると判断できるのは、この段階になってからに違いなかった。
　だからこそ、それに気づいたとき、フィニーの顔からは一気に血の気が引き、声に震えるものが混じったのも仕方がないことといえる。そしてそれが間に合わないということが、彼女にはすぐさま理解できていたのも、原因の一つだった。
「フィーナさん！　……」
　逃げて！　と続くはずの言葉は消え、目の前で起きたことに視線を外せずにいる。わずかな金属音につづいたのは苦痛の呻き、聞こえないはずの肉へと食い込む音。
　フィーナの顔が苦痛にゆがみ、脂汗が額に浮かんでいる。
　その左脇腹を切り裂いたのは、グレイの手に握られたクリサンセマム。全力で反応し、弾こうとしたことが幸いしたのか、その一撃が致命傷とはならなかったものの、血が服を濡らし地面へと落ちていく。
　フィーナの右手が動いたようにみえた。それが反応としての動きだと、背後からはわかりづらかったが一瞬遅れて、脇腹から吹き出した血と、背中を丸めて喀血するフィーナに、腹部への一撃を想像させる。
　声を漏らしたのは誰か、動き始めたのは誰か。フィーナの目に映ったのは、右手をしっかりと握り締め、前蹴りを放とうとするグレイ。それがもたらす致命的な一撃を想像し、それに対処する術がないことも理解して。彼女は次の一撃へ意識を向けた。


数分前。


　その一瞬を切り取れば有利不利は明らかなようだった。
　かたやだらりとたらした右腕には力がなく、左での攻撃はほとんど苦し紛れに見える。
　かたや踏み込みはいまだ軽快で、繰り出す剣戟は嵐のようにグレイを追い詰めているように見える。
　だがそれが正確でない事は誰よりもフィーナがわかっていたし、今に至るまでの状況をなぞればいたしかたないといえた。
　十分な間合いをとって、脱力するように長い息を吐く。額にはかすかに汗が見つけられ、拳も手袋をしていなければ濡れていたであろうことは想像に難しくない。
　剣を握り締める握力に翳りはない、疲れも意識するほどのものじゃない。仕掛けなおす意思は数秒で決まる。
　一定のリズムで距離をつめると、間合いに入る直前で一気に加速、視線のフェイントを入れつつ、相手の右側へと飛び込む。
　右足が引かれ、身体の向きを変えるのがわかる。動かない右腕を引く所作は早く、状況はすぐさま変化する。
　右腕を外側へと振って腹の辺りを薙ぐが、最小限の動きで回避される、右足を引いて左での追撃を右の蹴り上げによる牽制が邪魔をして、これまた回避される。
　紙一重での回避は見切られているようで、嫌な印象を抱かせ、反撃を警戒するフィーナから、一歩跳んで距離をとるグレイ。
　何度この状況を繰り返しただろう、右腕へのあの一撃以来彼女の攻撃は全て空振りに終わっていた。
　そうしてわずかながら、回避を繰り返すグレイの動きが変化を始めていた


再び現行

　白い光に包まれたように、意識が一瞬飛んでいた。
　背中に地面を感じて戻ってみると、左脇腹が異常に痛むことに気づく、斬られたことを思い出し、視線を向けるとまだそこに食い込んだクリサンセマムを見つける。
　あれ？　という疑問がフィーナの中に浮かび、その答えを視線が探す。
　しっかりと固定された上で蹴り飛ばされたのなら、切り裂かれた脇腹から大量の出血をしていたはずだ。しかし現実は剣がそこにあるし、全身に耐えがたい痛みはあるものの、死を意識させられるほどのものではない。
　気づいたのはほんのすこし立ってから。
　グレイの右手に光る矢のようなものが刺さっている。それが血を流させ、剣を手放させたのだとすぐにわかる。
　また、今までいた場所に透明な壁が見えた。おそらく氷で出来たであろうそれは、全体にひびが入っていて、大きな力がかけられたのだとわかる。
　……！
　一気に意識が覚醒した。ついでに痛みも激しくなる。それを食いしばり、身体を起こそうとしたところで
　……ごめんなさい。そういう声を聞いた気がした。




　電撃により意識を失ったフィーナは身体を横たえたまま、目を瞑っている、魔法の衣装は消え、傍らに座り込んだフィニーとふーちゃんがそれぞれ脇腹と内臓へのダメージを修復している。
　矢を放ったティリアと、壁を作ったスミレ、そして二人に付き合わされたヴァーリは距離をあけてグレイと相対していた、スミレから声が掛かる
「……どうじゃ？」
「よい……とはいえません。当然ですが」
「時間が掛かるか？」
「はい……」
「……どのくらい稼げばいいんじゃ？」
「……」
　手をかざしながら頭の中で計算を行う、正確な数字をだそうはしていないが、それでもまとまってはこない。
「……最低、十五分」
「了解だ」
　こうこたえたのはティリア。実際のところ十五分で完治という怪我ではないだろう、最低ということは、少なくとも命を繋ぎとめるまで十五分といったところか
「われらが時間を稼ぐとして……離れたほうがいいじゃろ。運べるか？」
「……そうですね。出来る限り遠くへ逃げさせていただきます。……すいません」
「あやまるな。三人ともやる気に満ちておる」
　え？　と言ったヴァーリは無視しつつ
「剣を外すにも傷を塞がなければなりません、それにはある程度時間が掛かりますので、このまま逃げます」
　できるだけ、遠くへ。と追加して、フィーナを背負いにかかるフィニー。その蒼白な頬に触れシェイミーが励ましの声を掛ける
「……がんばってください、フォローしますから」
「頑張りますよ……！」
　無理やりな笑みは強がりに他ならなかった、それでも、と少しだけ軽くなった身体を森の中へ運んでいく。
　残された三人はそれぞれに表情を引き締める


「ここでいいです！」
　一団は走りつづけていたが、その声に足をとめる。距離をあけたほうがいいのは確かだったが、治療しないままではフィーナの身体が持たないのも自明だった。
　身体を横たえるとフィニーとふーちゃんがかがみこみ、言葉を交わす。
「……内臓はどうですか？」
「左の掌底を剣の腹で受けてたんだけど、かなり通されてたね、一応治癒の波動は送っておいたけど、後は時間かな」
「時間をかけるだけで大丈夫ですか？」
「継続的に送り続けることが必要なときもあるけど、一瞬の頸だったからね、それにしては損傷が酷いけど」
「……了解です、ではこちらを」
　そういって脇腹の剣を差し、長い息をつく。
「私が周囲の細胞を強化しつつ、回復させますので、ゆっくりと抜いてください、決して焦らず、できるだけ傷つけないように」
「了解。集中すれば、剣先まで感覚を伸ばせるから、努力するよ」
　ふーちゃんはそういって柄を握る。フィニーが両手をかざし、刃が食い込んだ傷口を食い入るように見つめる
「……どうぞ」
「……いくよ」
　重苦しい時間が流れる、剣は僅かずつしかその刃を肉から離さない、フィニーの額から汗がフィーナへと落ち、二・三粒が集まろうとしたころ、ようやく剣を外すことに成功した。
　すぐさま覆いかぶさるようにして、傷口を押さえ僅かでも出血を抑える
　そのまま数分、誰も何も言わず、ただ時間だけがたって、ゆっくりとフィニーが立ち上がり
「……癒着は終わりました。とりあえず命は大丈夫です」
　安堵したような声は、それでもまだ緊張に震えている、まだ何も終ってはいないのだから。






　目を覚ましたとき。どこか懐かしい気がする場所だった。
　それはなんといっても、何度もたずねた師匠の部屋と瓜二つで、大きな机と、敷かれた畳、多種多様な本が納まった本棚。
　走馬灯のようだと思っても仕方がなかったが、それなら師匠がいないことに説明がつかなかったし、短い時間だといっても、メルンテーゼで出会った人達がいないのは寂しかった。
　自分と目の前にいる一人だけ。
　その一人は、金髪で碧眼の少女、よく見るけどよくは見ない顔。ちょっと変わっているのは、彼女の左目が淡く光を放っていることだろうか。
　端的にいって、彼女はフィーナによく似ていた、自分とよく似た人というのと会うのは初めてで、一瞬ドッペルゲンガーの話を思い出して、心の底から怯えるが、いやいやと首を振って、その少女のほうへ近づいていく。
　そうして気づくのは、懐かしさの要因が彼女にもあることだ、こちらに気づいて見上げた顔に笑顔を浮かべて、声を掛けてくる
「やっほ。久しぶり」
「……え。本当に貴女？」
　その感情をどう言い表せばいいのかわからなかった。想像通りだとすれば、フィーナは彼女に多大な負い目を感じていた。
「知識繋ぎ？」
　能力の名をそのままに、微笑みを浮かべたままの少女に問う

両手を広げるフィーナの身体をガバっと抱いて。

少し涙声になりつつ、フィーナの元から去ってゆく。
時折振り向きつつも、歩みは止めず、いずれ、その姿は見えなくなった。

フィーナへと向き、くすりと笑った。

懐からノートを取り出し、科学や錬金術、数学についての出題をいくつか。

＞前回分

指差して大笑い！！

余った生地で鼻血ふきふき

フィーナさんの肩に引っかかるようにしてついていき

＞前々回分！

返事はない様子……

とりあえず蒟蒻に抱きつき

両手の手のひらでユメを包み込み。　けれど、自分の身は全く守っていない様子
もちろん感覚は全部ユメに肩代わりさせる気満々！

顔を寄せ、至近距離でそんなことを……

口をぱくぱくさせてすっごい赤面！

よくわかってない様子でお辞儀……

剣を抜く、二度三度と素振りをして、目を瞑ると彼女の周囲に光が集まり、衣装を変化させていく

数度、電気が流れたような音がして、ふよふよと鞘に収まったままの剣が彼女の周囲を囲むように浮いた