ゆめ、それともまぼろし？

猫はぼんやりとしていました。


あのおんなのこにうちかった。
それはつまり――このせかいにとってのきけんがさったといってもいいのでしょうか？



おうさまをとめるためにはじめたいっき。
それがいつのまにか、たいへんなことにまきこまれていて。
きづいたらこんなところまできてしまったけれど。




でも、このいっきにさんかしたことは猫にとってかけがえのないものをもたらしました。


きおくのなかったじぶん。
からっぽのじぶん。


でもいまのじぶんはちがう。
だって――



「もうすぐ、お城の外に出られるわね。」


猫のよこにはくろいけがわのおおかみ――セリィおねえさん。
このいっきでであったじぶんのたいせつなひと。
いっきをはじめたばかりのころにであってから、いろんなことがありました。
こころがすれちがうこともあったけれど、それものりこえてむすばれたかけがえのないきずな。


――けれども。


「………。」


ほほえみかえすおねえさんのようすは、すこしどこかおかしいようなきがします。
なぜなのでしょう？



もしかして――あのおんなことにいどんだりゆうのせいでしょうか。
それはこのせかいがめちゃくちゃになるのをふせぐのももちろんだけれど、もうひとつ。
猫がおねえさんのいのちをうばってしまうきょうせいけいやく、それをなんとかするため。
あのおんなのこがそれをできるときいて、ここまできたのです。

おねえさんとのみらいをてにいれるために。


ちからをとりもどすまで、せかいをかんりするといっていたおんなのこ。
だから、あのおんなのこにうちかってちからをみとめてもらったいま、きっとそれらもなんとかしてくれたにちがいない。
それですべておわったはず。

――そう、おわったはずなのです。


「……？」


あんしんさせるように、おねえさんのてにふれました。
うれしくて、すこしはにかんでしまったけれど。


「………。」


おねえさんは、なにもいわずにやさしくてをにぎりかえしてくれました。







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ろうかをとおってちょうりばにさしかかったとき、猫のあしはぴたりととまりました。



「どうしたの？　お腹空いたの？」


いつもの猫なら、そうなのかもしれません。
けれども、いまは――
猫はくびをふって、おねえさんにつたえるためにボードにもじをつづります。


…ここにいるかもしれない、って。



猫がであったかけがえのないひとは、おねえさんだけではありません。
たいせつな、ともだち。

ねずみのすがたをした――スチュアートおにいさん。

はじめのであいは、おにいさんにとってあまりいいおもいでとはいえないようで、さけられていたようなきもしたけれど。
いっきでたびたびあうたびに、かおをしかめながらもなんだかんだとちからをかしてくれ、猫のしんぱいをしてくれたおにいさん。


おにいさんも、あのおんなのことのたたかいではいっしょでした。
それなのに――たたかいがおわったあと、きづくとおにいさんのすがたはありませんでした。
あわててあたりをみまわしてみても、やっぱりそのすがたはなく。


いっきもおわったし、そとにいけばきっとおにいさんにあえるかもしれない。


そうおねえさんにいわれて、すこしきがかりながらもそとにでることにしたのですが――








まえにこのちょうりばにきたのは、スチュおにいさんが猫たちのもとをはなれたとき。
いまおもえば、きっとあのときは、おにいさんもいろいろおもうところがあったのかもしれません。
だって――


「うん…　少し、捜してみる？」


ひろいちょうりばを、おねえさんとてわけしてさがします。
けれども、おにいさんはみつかりません。


――ここにも、いなかった。



おにいさんは、いったいどこにいってしまったのでしょうか？


そのばしょは、わからないけれど。
猫には、おんなのこにいどむまえのひに、おにいさんからつげられたことばをおもいだしていました。





「スチュアート君…　居た？」


おねえさんのもとにもどって。
もちろん、よこにくびをふります。

でも、このままスチュおにいさんと、わかれてしまいたくなんてない。


おねえさんにいってもいいのか、まよったけれど、こうかいだけはしたくないから。


『セリィおねえさん…　スチュおにいさんは…』


そこで、おんなのことのたたかいのまえのひにあったことをつたえます。


「……？！」


おねえさんが、いきをのむほどおどろいているのがわかりました。


スチュおにいさんが、ほんとうはにんげんだったということ。

まえに、「もしいっきがしっぱいしておうさまにつかまってひどいめにあったら」というはなし。
スチュおにいさんは、もといたせかいでそういったひどいめ――にんげんのすがたから、いまのねずみのすがたにかえられてしまったということ。

このせかいにきたりゆうのひとつは、もとのすがたにもどるため。


――にんげんにもどれないままだと、いつかはにんげんのこころまでうしなってけものになってしまうこと。






おにいさんがいっきにさんかしたのは、そんなにんげんのこころを、にんげんらしさをうしなわないため。
猫のことも、にんげんとして、おにいさんがすべきとおもったこうどうをしたまで。


はじめはそのはずだったのに――いまでは、猫じしんのことをたいせつにおもってくれていたこと。




ごねんごにあうやくそく。
それはほんのおもいつきで猫がくちにしたことばでした。

けれども、ごねんというじかんはおにいさんにとって、てのとどかない、おおきないみをもっていて。


なきそうになりながら、まもることができないと、ごめん、とあやまるおにいさん。
そのすがたが猫のあたまからはなれなくて――


「………。」


おねえさんと、めがあいました。


「ロク君……」


スチュおにいさんのことをきいて、おねえさんもなにかおもうとことがあったのでしょう。


「………。」


「私も、このままスチュアート君とお別れしたくはないわ」


そういうと、みをかがめるおねえさん。
しんけんなようすに、かたずをのんでみまもります。


「…！！」


はっ、となにかにきづいたようにおねえさんのかおいろがかわりました。


「スチュアート君、やっぱり一足先にお城の外に出てたみたい。
まだそんな遠くには行ってないはずよ。」


そうつげるおねえさんのかおいろは、こころなしかあまりよくないきがしたけれど。
まだぐあいがよくないのかもしれません。

おねえさんも猫とおんなじきもちなのでしょうか。


「行きましょう。いまなら追いつけるわ。」



このまま、にどとあえないなんて、そんなのぜったいいやだから。

ぼうっとしていてきづかなかったのか、おろおろととまどいながらぶきをかまえました。