からり、ころり。
もらった飴をころころと口の中で転がしている。
何かと腹に溜まる固形物を口にしたがる身ではあれど、
疲れも癒えそうなほんのりとした甘さに、思わず鼻歌も漏れていた。

すごいわ、とため息のように感嘆の言葉を口にして。
その、ひとりの人の内からあふれ出す果てしない力によって作り出された彼を、改めてまじまじと見上げる。
その口の端は、己の予想通りに引き上げられて。
そしてちらりと見える鋭い歯の白さに、一瞬、目を奪われて、いらえが遅れた。

冗談めかしながらも、そうならなくて良かったという安堵の方が先に立つ。
その視線の先で、ふと考え込むそぶりを見せる彼を、案じるように一瞬眉尻が下がったけれど。
次の瞬間にこぼされた笑い声に、少し驚いて尾羽根がピンと跳ね、目がまん丸になった。
何か言おうとしたその時に額をつつかれて、思わず笑声に言葉を溶かしてしまう。

鼻の奥が、ツンと痛くなる。
が、胸を押さえて声に出さずに繰り返す。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。
泣いている暇はない。みんなが無事なら、今はそれでいい。
それよりも今は、この世界の平安とそれから、彼のこと。
約束のくびきから逃れて、本当の自由を得るための。

見上げた彼が湛える沈黙。レンズの奥の瞬きがいつもより少しせわしないように見えたのは、気のせいだろうか。
エンバーさん、と小さく名を呼び。けれど、それ以上は問えなかった。

世界を作るには、膨大な魔力かもしくは、何かほかの力が必要だという。
駆け出しとはいえ、己は魔女だ。
メルンテーゼにいる内は。
この世界を出てしまえば、エンブリオたちとの契約を維持できるかはわからない。
苦楽を共にした仲間たちだ、出来ることなら連れて行きたいが、それが叶わぬというのなら。
……その時は、別の世界でも、今のように。
魔女と胸を張って名乗ることはできるだろうか？
エンブリオを頼らぬ魔法。ハーブと月や太陽の力を繋いで、
生き物の生命力を、ほんの少し手助けできるような、そんな薬を作ること。
エンブリオに頼らずに己が使える魔法はそれくらいで、
そして今、自在に操っているエンブリオを介した魔法と比べれば、
それはあまりにも心もとない。

ならば、その時は、彼の作る世界のために、己の持つ魔力を注ぐのも悪くはない。

彼や、彼と同じ考えを持つまだ見も知らぬ彼の同胞たちがそれで自由を得られるのなら。
それは、悪くない考えに思えた。

言いかけて、少しだけ口ごもる。
胸がどきどきする。けれどやっぱり、伝えたかった。

言い終えたとたん、かあっと頬が赤くなるのが自分でもわかって、思わずへらりと笑ってしまった。
真っ赤な顔で、緊張感なく。
彼の先に立ち、調理場へと向かう背中でのつぶやきは、彼には届かなかったかもしれないけれど。
耳だけでなく、首筋まで赤くなっているのも、大きなフードに隠れて見えなかったかもしれないけれど。
短い足はいつもよりてちてちと早い歩幅を刻み、大きなおしりもそれに伴い大きく左右に揺れていた。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。

足を止める。