辺りが昏い濃霧に包まれる。
　一寸先すら見えぬその深い黒霧は一点に収束していくと――、人の形を取った。

　　　　　　 おやすみ
「――その物 語。変更させて貰うよ」

　霧より現れたその人物は、男とも女とも付かぬ中性的な容姿をしており、その瞳は血のように赤かった。

　ミラルカは一度大きく息を漏らすと、目を細め言う。

　　　†

　ラフィン・F・コッポマンは、有り体に言って途方に暮れていた。
　しかしそれも当然だろう。
　“真犯人がいる”と言い残したミラルカは、突如謎の化物達に心臓を穿たれ、息を引き取った。
　かと思えばその死体は黒い霧となって消失し、化物達も同様に霧散していった。

　廃墟の中に一人取り残された彼女は、瓦礫の上に腰掛け、地面に煙草の吸い殻の山を作っていた。

　そう、馬鹿げているのだ。
　ダンテック・ノエルの死の真相を明かしたいと思い、エヴォルの誘いに乗ってここまでやっては来たが。
　結局《始祖》カーミラは、このメルンテーゼに存在しなかったということになる。
　カーミラのクローンであるミラルカも、死んでしまった。

　帰る場所など無いことは分かっていた。
　故郷は吸血鬼に滅ぼされ、化物狩りの組織も怪しげな実験に関わっていた。
　何もかも、厭になってしまったのだ。

　新しいことを始めよう。
　復讐心も、恋心も、全て忘れて、新しいことで頭の中を埋めてしまおう。
　そうすれば、きっと、少しはマシに――

　――そう思った、その時だった。
　《ブルークロス》で鍛えたラフィンの、化物に対する鋭敏な感覚は、明らかに異常な存在が近くにいることを、肌で感じ取っていた。

　“それ”の姿を見つけると、瞳孔を開いて驚くラフィン。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　パイナップル
　わなわなと震え、腰に下げた手榴弾を“それ”に向け投げ付ける。
　瞬間、巻き上がる爆風と激しい閃光――――。

　瓦礫が弾けて周囲に飛散する。
　その欠片はラフィンの頬を掠め傷跡を付けるも、ラフィン自身はそのことに気が付かない。

　爆発の先から現れる、薄紫の陰から目が離せない――。

　“それ”は煙の中で一度、嗤った。