【一日そっちで待ってくれないかな】

　五分待って、並の調子で告げられた言葉に、2秒ほど沈黙する。
　随分久しぶりのような気がする。この声の主に、こうした風に話を振られることは。
　とはいえ、まだ結論しか聞いていない。このまま沈黙して、理由まで聞いてから返答した方が、無駄は少ないだろう。

【君のエンブリオへの影響を考えて、少しだけタイミングを遅らせて、万全の体勢で門を通したいと思う。その為の最終調整は滞りなく進んでいるよ。この鍵にかけて、君たちを無事に迎えよう】

「承知しました」

　さして非常識でも理不尽でも破天荒でもない理由に、静かに頷く。
　魔法具を貸与してくれた魔女は、未だに何処か胡乱げではあったが、その理由自体に口を挟む気はないようだった。

【塔に戻ってからがまた色々あるだろうから、とりあえずまずは休めるようにしておくよ】

「有難うございます」

【私の務めだからね。無事な姿を見られるのを待っているよ。まあ、休暇とでも思って、好きなことをするといい。料理だとか、そちらの動物とじゃれあったりだとか。随分腕が上がって、私も鼻が高いよ。誰かの補佐を意識する癖は今後の課題かもしれないが、気をつければ単独での行動も可能なのは強みだね】

「イリーシャさん」
「保護者から、映像要請が来ておってのう」

　話には聞いていたが、想像よりも細かく見られていたらしい。
　心なしか声が弾んでいるようにも思えるのは、果たして、素直に喜んで良いものかどうか。

「では、先にこちらは持って帰って頂きましょうか」

　先日訪れた酒場で買った、パウンドケーキの包みを見る。
　見合った人数、切り分けて食べられるよう、一本そのままで。入らなかったときの為にと、籠まで用意してくれていた。

【いやいや、君が持って帰ってきておくれ。そして、是非、9人分切り分けて貰いたい】

「……わかりました。一番良いお茶を、皆さんの分もお願いします」

【勿論だとも】

　恐らく。普通の人間であるならば、好々爺とされるような笑みでも、浮かべているのだろう。
　あくまで、普通の人間であるならば。
　通信を切り、魔道具を魔女に渡そうとすると、苦笑と共にゆるりと首を振られた。

「帰還の折に必要であろう？」
「……そうでした」

　この魔女は、先に戻るのだ。
　つい先ほどまでそのことを考えていたのに、もう、忘れてしまっている。些細なこれは、しばらくは続くだろう。

「では、お借りします。あの調子ならば、まず間違いなく、秘蔵のお茶を探し出す筈ですから……」
「楽しみにするとしよう。……これまでにも、時々色々と送りつけてきてはいたが」

　まあ、まだ隠しておったろうなあ。と、しみじみする様子に、何となく面映いような気分になる。
　干渉しすぎるのは良くない、と、一応線引きはあったのだろう。目の前の魔女にしても、因果を狂わせるほどの干渉を許すことはあるまい。色々と理由をかこつけて、送り付けたいだけだろうと、溜息をつきあったのはいつだったか。

「では、すぐに会おう」
「はい」

　素直に。するりと言葉が出て、頷く。
　穏やかに凪いだ気持ちを見透かすように、魔女は笑った。

「すべて顕現出来るほどに命を注いだことが、良い方へ転じるようじゃ。坊や自身も心身を整え、錨が上がる時を待て」


　門と鍵。馴染んだ世界の香りを感じる。五感より早く感じるそれは、船出の合図にも似て、すぐそばに迫っていた。















【以下メタ事情】

折角日記でかっこつけたのに宝箱開けるの忘れてたのでもう一日残ります＼(^o^)／
登場は久しぶりですがやっぱり教授ってば便利！＼(^o^)／

それでは今度こそ、長い一揆、お疲れ様でした！