「ポーションを三つ頂けますか？」
「へい毎度あり。サイズは？」
「五百、単品でお願いします」
　蒼い目をした少女は店主から、ポーションの小瓶が入った袋を受け取り、代金を支払う。そのまま踵を返すと、扉のノブに手をかける。店を出ようとしたが――

「――そのタイプはかさ張るよ。三つセットの奴にしておけば良いのに」
　棚の後ろからひょっこりと顔を出した少年が、声をかけて遮った。
　少年は栗毛色の髪を揺らし、ぶかぶかの白衣を揺らす。
「……店の店員でもないのに、品の宣伝とは熱心な事ですね？」
　苦笑する少女。
　　　　　 エヴォル・メダルドゥス　　 ローラ・ピット
　それが異端の科学者と、吸血少女の、出会いだった。




　《躍動の世界セルフォリーフ》――。
　かつて私は、その地で始祖、《カーミラ》の探索を続けていました。
　しかし無数の分割世界の中。たった一匹の化物を探すことなど、はっきり言って容易ではない。
　諦めかけていた私の前で、偶然に出会ったエヴォルという男はこう言いました。

「存在しないのなら、作ってしまえばいいんじゃないかな？」

　始祖カーミラを作る。作り直す――。
　――それは私にとって福音の如き言葉であり、同時に破滅だと分かっている悪魔の囁きでもありました。

　カーミラ。
　私の父を、母を、皆殺しにした化物。
　かつて屋敷の中で目にした、凄惨な光景が目に浮かびます。

　そもそも私は、何故カーミラを求めているのか？
　化物を増やして何になるのか？
　ぐるぐると回る思考の中。道標となったのもまた、カーミラの言葉でした。

　愚かしいと笑って下さい。
　浅ましいと蔑んで下さい。

　私は吸血鬼としての力の殆どを奪われても尚――カーミラという化物に、血を吸われてみたかったのです。
　たとい
　仮令どれだけの犠牲を払おうとも。

　　　　†

　人造的に化物を生み出す《始祖計画》は、天才であるエヴォルの手を持ってしても難航を極めました。
　モデルケースとして人工悪魔である、《クローンエンブリオ》を参考にしたこともありましたが。それによって作られたのは、ゴミ屑のように醜悪な化物だけ。
　カーミラのような凛然とした、絶対的な支配者を作り出すことは、出来なかったのです。

　日に日に憔悴していくエヴォルでしたが、ある日とんでもないことを言ってのけます。

「悪魔の力を借りよう」

　それは最早、神の福音と聞き違えることなど不可能な。まさしく悪魔に取り憑かれた男の言葉でした。科学者とは思えぬその言葉。
　恐らくクローンエンブリオの研究を平行して進める際知った、《魔神ベルフィ》のエンブリオの存在が原因の一つでしょう。
　かの者は圧倒的な魔力を持ち、神話に登場する悪魔の姿をしたエンブリオを自在に使役すると言われていましたから。

　その時の私には、何故彼がそのような結論に達したのか。理解が及びませんでした。
　しかし彼のその提案は、化物を生み出すという点において。――何よりも優れた最適解であったということが、今となっては疑いようがありません。
　だって。実際に始祖カーミラに親しい存在は。こうして、出来上がっているんですもの。

　　　†

　――こぽ、こぽ。
　橙色の液体の中、白衣を着た科学者が僕を見つめる。

「聞こえているかい？」

　男が何かを言っているが、僕はその言葉を知覚出来ない。

「まだ駄目か」

　言語という存在を認識出来ない。
　人間という存在を理解出来ない。

「大丈夫。すぐに生まれさせてあげるからね――ミラルカ」

　　　†

　《始祖》の素体が、完成したと聞きました。
　その姿を見て、私は大層驚きました。

　そう。
　始祖カーミラから漂った覇気のようなものは露と消え、今の彼女からは魔力の欠片も感じません。
　脆弱で、惰弱な人間――、私には、そうとしか思えなかったのです。
　　　　　　　　　 カーミラもどき
　聞けば、この成り損ないは。
　《始祖》が去り際に捨てていった、生首を元として造られたクローンであると言うのです。

「今はただのクローンだ。だけどこれは、始祖の卵なのさ」

　エヴォルはそう言います。
　当時の私は、悪魔に取り憑かれた彼の言を半信半疑で聞いていた為、きっと訝しげな視線を浴びせていたことでしょう。
　ですが。成る程確かに、始祖カーミラも、最初からあのような化物であったわけではない。
　それは、ミラルカの変化を誰よりも間近で視ていた私が一番良く識っています。

　私は渋々、エヴォルと悪魔の甘言に従うことにしました。


　　　†

　私には、赦せなかった。
　折角ここまでやって来たのに。ミラルカという個体が、育ち切る前に死んでしまうことを。

　だからあの日――私は、これまで忌避していた悪魔と直接契約し。
　ミラルカの死体がある場所を見つけ、その生命をこの魔力で持って呼び戻したのです。

　魔力の操作に長けた私にとって、それはあまり難しいことではありませんでした。
　しかしそれもまた、エヴォルやサタンにとって計画の一端として織り込み済みであったであろうことは、想像に難くありません。

　ミラルカの居場所を教える代わりに、真実を告げる。
　それが悪魔との契約内容でした。

　私の願いは、その時、叶ったのです――。

　そう。
　死を乗り越え、パラダイスの力を物とした貴方は、最早本物のカーミラと比較しても遜色ない力を持っていたのです。
　本物のカーミラ、本物の化物。

　迫る貴女の牙。
　私に抵抗など出来ようもありませんでした。

　穿たれる肉の感触は甘く蕩けるようで、吸われゆく血液の感触は、あらゆる宗教的感動に勝るものでした。

　人生の絶頂。
　これを味わえたことに、感謝しなくてはなりませんね。

　エヴォルと、サタンと、ミラルカ、あなたと。

　　　　 　　　　　　　　　　　　　　　 　、 、　、　、　
　そして、ミラルカを殺してくれた、あの妖精に。





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　――62日目。
　　　　　ブ ラ ウ ニ ー
　Side：重要参考兎へ。

　ミラルカは十字架を手に握り――、自身の胸に突き刺した！


　　　　　　　――スキゾジェネシス！

　穿たれた心臓から流れ出る血液は霧散し、黒い霧となって辺りを包み込む。

　霧はやがて眩い光となり、翼のように肩から広がった。