ドラゴンマウンテンの頂上付近の荒涼とした山道に、ザクザクと雪原を踏みしめる足音と、カラカラと金物が揺れる音が聞こえてきた。シュガーとアイリスの２人の一揆衆のパーティが、リュックを背負って歩いていたのだ。ガスティな風がびゅうびゅうと吹きすさぶ山肌には白い雪が残っており、山道にも凍結した危険な場所も残る。それは危険な道行である。シュガーもアイリスも服を着こみ、靴にはアイゼンを装着し、両手にはストックをもってバランスを取る。

アイリスもシュガーも疲弊の色が濃く、言葉少なめにひたすらに幕営地に向かって下山する。風の吹きすさぶ音と、ざくざく雪を踏みしめる音がひたすら続く。再びドラゴン達に挑んだシュガーであったが、またしても敗れたのだ。ドラゴンの壁が高くシュガー達に立ちふさがっている。シュガーは敗北の苦い味を思い出す。何度も敗れ、その度に再起を志して立ち上がるも、その苦さは何度味わっても好きにはなれない。

アニマは雪にストックをさして転ばないようにふんばっていた。シュガー達に先行してアニマも山道をちょこちょこと歩いていたのだ。時々バランスを崩しそうになるが、どうにかこうにか踏みとどまる。エンブリオなアニマであるが、わざわざ棘付きの靴とピッケルを用意し、厚着をして雪道を歩いていた。慣れない雪道を歩くアニマの歩みは危なっかしい。

アニマの周囲には平家の怨霊の鬼火が漂っており、声や光でアニマの雪上訓練を導く。アニマは時々ふりかえってはシュガーに笑顔で話しかけてくる。ドラゴン戦に参加していないアニマは、ずっと平家の怨霊と遊んでいた。それは一揆が始まってからこのかた、だいたいそうであった。

シュガーは雪のない平らな一枚岩を見つけた。休憩の適地である。シュガーはリュックを下ろして伸びをする。アイリスもリュックをおろし、水筒からごくごくと水を飲み込む。シュガーも携帯食を口に含んで水筒から水を飲む。無論アニマもリュックを下ろし、おやつの果物のどれを食べようかと怨霊と相談していた。

ふと風がやんでガスが晴れ渡り、山道からは平野部に立つ王城を眺めることができた。雲のから差し込む日の光が王城のミニチュアのような広庭や森や草原を通りすぎていく。シュガーはかつて天蓋庭園からドラゴンマウンテンを眺めたことがあるが、今回は逆に、かつて見渡した山地から王城を見下ろす形になっている。かつて赤くネクターに覆われていた天蓋庭園は、大火災によって荒れ地となり、無惨なありさまをさらしていた。あの荒れ地で今日も一揆衆が進行を続けているはずだ。

ふと、天蓋庭園跡地の中心部付近、かつて、新王パラダイスの玉座である巨大な樹木のあったあたりに、火の手が上がった。それは残存のネクターを焼く火災の火ではなく、天へ登らんと立ち上る炎の柱であった。

シュガーにはその火柱が何であるか、確信はなかったが、因果の流れを読むシュガーの虚ろな魔眼には、その火柱の周囲の空間の魔力濃度により、一種の黒点のように見えていた。天蓋庭園の外の空も森も草花も、その黒点によって、日向にあるにも関わらず、日陰に入ったかのように見える。恐らく、ネクターの創造主であらせらる魔神さまが荒ぶっておられるのだろう、と思えた。その色をメルンテーゼの運命を決する戦いが起ろうとしているのだ。胡乱な様子でアニマは誰に言うでも呟く。

髪が風に煽られてはためき、その瞳は陽の光の中にあって渦を描く。

アニマは不安げに呟く。シュガーには言葉もなかった。自由意志を持った生物は己の意志によって進むことができる。だが、シュガーは生物にかせられた物理的の制約、あるいは、運命といったものもよく知っていた。被造物は造物主に抗えない。あるいは、抗う上で大きな制約を受ける。生物は、空腹、病や老化、そして、死の運命からは、容易には逃れられない。それほどまでに創造主の御技は偉大なのだ。魔人様の創造は、既存の原始エンブリオを制御するために、既存の物質を存在に模してネクターを生成したのだとしても、世界を作り上げるその行いは神の名に相応しい。

シュガーは思いついたように呟く。

アニマは当惑したように呟く。その呟きにはシュガーに対する非難もこめられているようだった。

安徳帝の霊が鬼火の中から姿を現し、シュガーもさすがは我が主上とばかりに笑みを浮かべた。アニマはそんな２人を困惑した様子で交互に見やる。

アニマは安徳帝の霊と並んで再び炎の柱に視線を向けた。

アニマの渦を描く瞳から胡乱さがひそめ、不安げではあるが渦潮のように力を帯びているようにシュガーには思えた。シュガーは再度魔神の炎の柱に視線を向けた。色々と事を急がなければならない予感がしていた。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…