――意識が、沈む。
　ぬかるんだ水溜りの中へ誘われるように、沈んでいく。

　化物の腕が僕の太腿を這いずり回り、べちゃりと音を立てながら引きずり込んでいく。
　最初は一本だった腕はやがて二本、三本と増えていき、いつしか僕の全身は化物の腕に覆い尽くされていた。

　脳髄に直接響くような、甘く、蕩かす声。

　こぽこぽ。
　声に誘われるたび、全身の細胞が分解し液体へと変化していくのが直感的に分かった。

　化物は、少しだけ微笑んだような気がした。


　　　　†

　ラフィン・F・コッポマンは憤慨していた。
　突如化物の群れに襲われミラルカがその命を絶ったこともその理由の一つだが、最大の理由は“自分への怒り”である。

　アイツ――科学者エヴォルの言う通りに、彼女はミラルカの元へ辿り着いてしまった。
　あの男はダンテック・ノエルを殺した犯人だと言って間違いないはずなのに。
　言う通りに動いてしまった。

　しゅるりと。化物の中から、一匹の蛇が這い出す。

　　　　†

　――意識が、沈む。
　ぬかるんだ水溜りの中へ誘われるように、沈んでいく。

「ここはどこだろう」

　そう呟く声は闇の中へ掻き消え、僕の身体と心を溶かしていく。

「僕は誰だろう」

　そう呟く声は誰の耳に届くこともなく、僕の身体と心を溶かしていく。二度と覚めることはない。
　――その、はずだったのに。

　目の前の少女が、僕の意識を呼び覚ました。

　ミラルカは十字架を手に握り――、自身の胸に突き刺した！


　　　　　　　――スキゾジェネシス！

　穿たれた心臓から流れ出る血液は霧散し、黒い霧となって辺りを包み込む。

　霧はやがて眩い光となり、翼のように肩から広がった。