長い長い廊下、硬い床、無言で並び続ける扉。
再び戻ってきた城内は、まるで鏡の中に踏み込んでいくようだ。
彼が生まれたであろう鏡の国の、そのまた奥の本の中とはあまり似ていないけれど。

王は、もうここにはいないのだろうか。
一揆に参加している人々の中には、刃を交えた者も多いと聞いた。
いくばくかの報酬と引き換えに、王のいる場所まで道案内をしてくれる人もいるという。
頼もうと思えば頼めたはずなのに、そうしようとは言い出さなかった。

……まだ、長老とのやりとりが吹っ切れたわけではない。
文字通り、一族の英雄であった長老にたてついたことを悔いる気持ちがないわけではない。
あの陽気で優しい長老から、烈しい一面を引きずり出させてしまったことを怖じる気持ちもある。
けれど、幾度あの時、あの瞬間に戻してもらえたとしても。
きっと、また自分は同じことを言い、同じようにここに戻ってくるのだろう。

傍らの彼をそっと見上げる。目が合った。

「……………」

気遣わしげな視線に、唇を引き上げて小さく笑ってみせた。
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
唇だけでそう呟く。
落ち込んでいないと言うと嘘になるけれど。
でも、後悔はしていない。
だから、頑張って、頑張って、一族が村を捨てる理由をなくしてしまえるように頑張ればいい。
それだけ。
でも。まだ、少しだけ。

果てしない廊下を、前を見据えて歩きながら。
そっと、彼と指を絡めようと手を伸ばした。

赤い赤い、ハートの形を大きな手が受け取って。
何気ないしぐさなのに、ついついふんわり頬が緩む。
隠し切れず、短い尾羽がぴこぴこと揺れた。

　彼女と別れてから、幾日か経ったある日のこと。
　分かり易いシルエットを見かけて、少女は探し人に速足気味で駆け寄った。

　荷物袋から取り出した紙袋を、彼女へと差し出した。
　中を開けると、先日預かったケープが、すっかり靴下へと姿を変えてそこに在った。靴下の口の部分は赤いリボンが通されており、アヒルの足でも通り易い構造になっている。

下腹の羽毛を逆立てたまま、敵を見据えている。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。