その日、天蓋庭園の中心部へとシュガー達を含めた数パーティが探索に向かった。ネクターの生い茂る空間を延々と進んでいくと、大きな赤い空の広がる庭園に辿り着く。赤い空はやはりネクターでつくられたものだ。そこには大きな樹のような影がそびえ、１人の男が立っていた。男は深緑色の短髪に茶色の瞳、黒のトレンチコートを身に纏っている。一揆衆にどよめきが起こる。

男はサバス先生。サバス先生はシュガーが攻城を進める要所で幾度となく姿を現し、今回の一揆事件の核心に迫るであろう言葉を残してきたキーパーソンである。シュガーは思う。そのサバス先生がいるということは、ここが一揆事件の核心に連なる場所であるということであろう。シュガーはサバス先生の視線の先を伺うと、そこにある巨木の幹に赤い瞳、赤い髪の男の顔が浮かび上がる。

天蓋庭園の空気から何かしらの振動が肌に伝わりピリピリと震える。サバス先生は樹の赤毛の男にパラダイスと呼びかけ、強制型エンブリオの解除方法について問い糺していた。シュガーはニヤと笑みを浮かべて拳を握りしめた。サバス先生の口ぶりから察するに、どうやらこの赤き巨木こそ新王パラダイスその人のようだ。ここが災禍の中心なのだ。

シュガーは赤く発光する巨木を見上げる。シュガーの周囲の鬼火から平家の怨霊が姿を現し、眼前の火生三昧のごときネクターの世界を眺めていた。青い炎の彼方の暗闇からシュガーの耳元に幼い子供の声が届く。

シュガーは小さく頷き、サバス先生と新王との会話が途切れた所を見計らい、シュガーは恭しく新王の前に膝をついた。

新王パラダイスはシュガーにちらとその赤き瞳を向ける。

王には礼を尽くす。平家に恥をかかせるわけにはいかない。シュガーは丁寧な言葉遣いに努め新王に述べ伝えた。自らが冥界に住まう死霊の帝王の忠実な下僕であり、主人の問いを新王に伝えるために、はるばる時空を超えてここに来たのだと。

新王は何も応えてはくれなかった。シュガーは主上の問の言葉を続けた。

シュガーは静かな言葉遣いで新王を諌める。新王のネクターの独占により天下は乱れており、王は万民に向けて其のそのご意志の宣言なさるべきである、と。しかし、新王はシュガーの問いを無視してすぐに視線をサバスへと移した。

新王とサバス先生との間に問答が取り交わされる度に、ざわざわとネクターの輝きが増していった。シュガーはその様子を膝をついたまま伺っていたが、その背後で他の一揆衆が戦闘準備を始めるに至り、ついにシュガーも立ち上がる。

シュガーは王の玉座の周りを観察する。そこには謁見を取り次ぐ随身も意見を述べる宰相も風刺する道化もいない。ただネクターのみが存在する。シュガーはオープンフィンガーグローブをキュッとはめ直し、虚ろな瞳にて新王を見上げていた。新王の臨戦態勢が整うにつれてネクターがざわつきはじめ、まるで風が吹いているかのよう。シュガーの周囲の平家の怨霊達はその姿を消していき、風と炎に転じていく。

シュガーの背後に鬼火が円輪を描いてくるくると回り、シュガーは手を天地上下にかざして構えた。

新王から七色の奔流がほとばしり、シュガーもカウンターの拳を放った。双方の攻撃は瞬時に交差し、シュガーの火炎と疾病の拳は新王のネクターの力によってはじかれ、シュガーは新王の七色の奔流によって文字通り吹き飛ばされ地面を転がっていった。彼我の戦力差は絶望的であった。新王の攻撃にシュガーのエンブリオの防壁はあっさり破られ、ダメージはシュガーの身体にまで届いていた。それでもシュガーは腕を交差させて構えをとり新王を睨め上げる。

シュガーは思い出す。多くのメルンテーゼ市民が新王のネクター独占に困惑し、憤り、前途を悲観していたことを。純朴な庭師のな青年ですら一揆に参加していたことを。シュガーは再び呼吸を整えると、の背後の鬼火が空へと飛び上がり、怨霊の黒雲となった。シュガーがギリと奥歯を噛み締めて冥界とこの世を繋げる術式を履行し、煌めく落雷が轟音と共に新王に降り注ぐ。

しかし、怨霊の雷は粗布のごときネクターの理力にはじかれて通らない。再び新王から力の奔流がほとばしり、残存の一揆衆に襲いかかる。シュガーも再び吹き飛ばされて地面を嵐に吹かれる一斗缶のようにごろんごろんと転がっていった。シュガーの口の中に血の味がして、荒れ狂う力の奔流が猛る音が聞こえなくなり、全身に息もできぬような鋭い痛みが走る。

シュガーは無言にて立ち上がる。奥歯を噛み締め再度怨霊の黒雲を呼んだ。雷が新王に落ちるも、雷はまたしてもネクターの力にはじかれ、シュガーはがっくりと膝をついてしまう。シュガーには分かってしまった。シュガーの怨霊拳は新王には届かない。新王には天に対する恐怖も民草の嘆きに耳を傾ける気も何もないのだ。新王はただ力のみを恃み、それゆえにネクターを集めたのだ。メルンテーゼの民衆が苦しんでいても、新王は何の痛痒も感じない。新王は自らの行いによって報いを受けるといった感覚も、何もないのだ。だから、怨霊の力は、新王には及ばない。彼は天を恐れてはいないのだ。

れんたろうも深刻なダメージを受けて火を吹いていた。アイリスは意識を失って地面にうつぶせに倒れていた。それでも他の一揆衆の数パーティは新王の攻撃を耐えて交戦を続けていた。力及ばなかったシュガーはその身を地面に横たえて、七色の閃光がとび交う天蓋庭園の頂点をただぼんやりと眺めていた。シュガーの傍らには安徳帝の霊が立ち、飛びかう力の軌跡を寂しげに見つめていた。

シュガーは横たわったまま天を仰いで笑みを浮かべていた。憂いを浮かべた安徳天皇の霊のお顔は、年よりも大人びて見え、姿は威厳に満ち、辺りを照らし輝くよう。艶やかな黒髪は、ふさふさとしていて、まるで烏の羽根のよう。

安徳帝の霊は異観を前にしたうむと頷き、シュガーの脇に腰を下ろした。そして、シュガーを労るように優しくうむと頷いた。メルンテーゼの災禍の中心では新王パラダイスと一揆衆との苛烈な戦闘は続いてはいたが、騒がしい闘争の轟音はすでにシュガーの耳には届いてはいなかった。

新王の力に撃たれたシュガーの身体に驚くような力が湧いてきた。シュガーは壇ノ浦・怨霊拳の継承者である。幼き十善の帝王が望むのならば、彼は星の海を渡ることなど何でもない。

一揆開始から５７日目の正午過ぎ、新王の玉座周縁の領域で新王と一揆衆との激しい戦闘が起った。天蓋庭園での戦闘によるものか、あるいは、別の要因が存在するのかは定かではないが、その日ネクターの森を焼く大規模な爆炎が生じ、その天を焦がす紅蓮の炎は王城近辺の方々から観察できたという。

シュガーは怨霊と会話をしているようです