――ペルハンおじいさまへ

おじいさま、昨日は生意気なことを言ってしまってごめんなさい。
小さな頃からたくさん可愛がっていただいて、おじいさまが村を大事にしているところも、たくさん見ているのに。
だけど、……やっぱりわたしは、人が欠けていなければ村は変わらない…っていうおじいさまの言葉には、賛成できません。
わたしの知っている、わたしの大好きなトート村は、海と川の境の、この場所で。
シルフの子たちがたくさん川の上を滑っていて。
漁をしたり、スクー村までご案内したり、たくさんの舟が行きかっていて。
川べりでは、畑仕事を終えた女の人たちが火に当たったり、おやつを作ったり食べたりしていて。
歩いていたら、ちょっと寄って行けって声をかけてくれて…。
そういう景色なんかも含めた全部が、わたしが生まれたときから知っている"トート村"だから…。

だけど、それをお作りになったのは、つらい場所から離れてきたおじいさまや、前の長老さまで、
だから、わたしには、おじいさまの決定を引き留める権利は――行かないで、って言う権利は、ないのかもしれません。
でも、あの、本当に、わがままなのだけど。
おじいさまの翼の庇護から飛び出すことになった雛のわがまま、聞いていただけますか。

お発ちになるのを、もう少しだけ、待っていただけますか。
一揆の方はみんな、真剣に頑張っています。
私の会ったどの方も、…いろいろなものをお持ちのようだったけど。
でも、おふざけで戦っている方はひとりもいらっしゃいませんでした。
だから、もし、……王様が廃されてしまったとしても。
決して、悪いようにはならないと、思うんです。
それに、それに……。
おじいさまたちは、ううん、村は、わたし以外どなたもエンブリオさんたちには、
ほとんど頼ってらっしゃらないでしょう？
だったら、この世界の理（ことわり）が一揆で少しくらい変わりそうになっても…あまり、影響はないのではないかしら。
だから、本当に変わってしまうのが確信できてから、この世界を後にしても、大丈夫なのではないかしら。

おじいさまも、ご一緒されていた方々も、最初はこの世界が気に入って、ここに住もうと決められたのでしょう？
だったら…おねがい、この世界をもう少しだけ、信じてみてください。
そのために、わたしも、頑張りますから。
おじいさまや、父さまや母さまにもういちど「ただいま」って言えるように。
ちゃんとおじいさまのお顔を見て、「あの時は生意気言ってごめんなさい」って言えるように。
わたし、頑張りますから。

だってわたし……昨日はああ言ったけれど、おじいさまのことも、この村のことも大好きなのだもの。
だから、誰にも負担の大きな道を、歩んで欲しくないの。
だって、……やっぱりわたしも、トート村のあひるで、おじいさまの孫なのだもの。
このまま会えなくなってしまうのは、かなしいもの。
だから、おねがい、おじいさま。
すこしだけ、少しだけお願いします。
わがままばっかりで、ごめんなさい。
でも、ヤドランカのわがまま、聞いていただけると嬉しいです。

――ヤドランカ

ふと、足を止める。
振り返っても、もうスクー村は見えないところまで来てしまった。
川向こうのトート村などは、なおさら。
先生は、両親にあの手紙を渡してくれただろうか。
両親は、長老へと渡してくれるだろうか。
それをこの目で見届けることは出来ない。

「……がんばら、なくっちゃね〜」

小さく首を振って、また歩き出す。二三歩進んでこちらの遅れに気づいた彼が、待っている。
また、戻ってこられたらいい。
今日よりももっと、晴れやかな気持ちで。
どうにか。なんとか。

名を呼ばれて振り返るより早く、服がくいっと引かれて視線を落とす。
視界に入ったのは綺麗で情熱的な赤い赤い色をした、ハートの形。
それだけではなく、色とりどりの飾りや模様まで施されていて実に可愛らしく。
有難く受け取ってから、バレンタイン、の言葉ににんまりと笑って。

勿論、食べない方が勿体無いのは解っている。
受け取ったそれを、大事そうに眺めて瞬き落とし。

アンキッツァに礼を告げ、翌朝、揃ってスクー村を後にする。
途中で彼女の両親が来訪した事もあって、話が半端になっていた。
再び王城を目指して歩きつつ、様子を伺うように視線を流した所で、
こちらを見上げた彼女とぱちり目が合って、軽く笑い。

物語を紡ぐ、彼女の澄んだ声音を思い出す。
水が零れるように溢れて流れた記憶を整理整頓しつつ、
ぽつりと、少しずつ言葉を紡いで。

昨夜頭の中に流れた、彼女とは違う声を辿るように。
ゆるりと瞬きを落としてから、少し、間をあけて。

おかしげに肩を揺らしてから、掛けたメガネを指先で押し上げ。
まだ少しあやふやに揺れる思考をはっきりさせるよう、首を振った。

そこで一度言葉を切り、彼女を真っ向から見つめて。

信用するに値する相手ではあったんだと思う。多分、きっと。
最後の方はほとんど独り言めいて、小さくそう零し、双眸を伏せた。

下腹の羽毛を逆立てたまま、敵を見据えている。