※ちまちま更新予定の過去分含めた日記のまとめはこちら【 http://ikki.room427.info/diary/?eno=1058 】





　頭の中から消えないイメージがある。


　それは光り輝く一本の槍。

　ぬらりと滑らかな曲線。
　鋭く研ぎ澄まされた穂先。
　しなやかさを帯びた長柄。

　とてもとても、綺麗な槍だった。
　ぞっとするほどに、綺麗な槍だった。




　あたまのなかからそれはきえない。
　きえずにぴかぴかとかがやきながらうったえつづける。

　キャンプ地から少し離れた小さな池のほとりで座り込む。
　兄や仲間の手前我慢していたがそれにしてもそろそろ限界だった。

　震える息を吐き出し、それでも身を苛む苦痛に歯を食いしばる。吐き気がした。でも吐きはしない。いや、正確には『吐く』なんて普通の生き物みたいなことが出来ないだけだ。次元竜には消化器系の内臓なんてありやしない。精々、口から取り込んだものを一時的に溜め込んでおく場所があるぐらいでそこには入り込んだものを溶かす液の一滴すら存在しないのだから。
　だから吐き出せるものといえば吸い込んだ空気だけだった。一度飲み込んだそれを途切れ途切れに何とか吐き出す。少しでも身体を落ち着けたいのになんだってこんなに自由が利かないのかと歯噛みしたくなる。

　もっとも、理由は言わずとも分かっていたのだけれど。

　何とか収まってきた呼吸を整えつつ、瞳を閉じる。
　座り込んだ足が少し冷たかったけれど、逆に今はそれが気持ちいい。

　その時だ、足音がしたのは。

　見上げた先にはニンゲンの姿がある。
　心配げに見下ろしてくる。

　慌てて首を横に振った。
　こればかりは兄に知られてはいけない。

　これが実は嘘でもなかった。
　幼年期から青年期に向けての次元竜は、本体の精神体の成長が一生のうちで一番大きい時期にあたる。だからそれにあわせて『器』も一気に成長することは多い。例えば角が太く大きくなったりとか、身長がめきめき伸びたりだとか。実際自分も多少角が痛むことが多い。まあ、青年期までにほぼ成体と同じレベルにまで身体が育つんだから多少痛みぐらいするのは仕方が無いんだろうな、とは兄が以前ぼやいていた事だ。

　だから角を軽く押さえつつ蹲る。
　軽くうんうん唸ったりしつつ、だけれど。

　だからコレは秘密にしてほしい、と申し出れば少し考え込んでいたみたいだったけれどニンゲンは納得したらしく苦い笑みを返してきた。今回だけッスよ、と釘を刺すだけ刺して立ち去る背中を見送りつつホッと息をつく。
　バレてはいけない。知られてはいけない。隠蔽のための術式を施してくれたエアー姉が言っていた事だ。

　首元。チョーカーの先でゆれる碧玉を握り締める。細かい日々の入ったそれに封じられているだろう存在からの反応は無い。ただ、思い出すだけだ。教わったことを。この先に起こるだろう事を次元竜の刻読みはこう言っていた。

　自分が誘拐されて星屑の山で救出された時、兄はアルデバランを既に打ち倒していた。しかし刻読みは言っていた。彼が勝つ可能性は万に一つも本来なら有り得ない……と。それはどうしようもない事実で、刻読みの言葉が正しいならば必ず訪れる可能性未来だった。

　でも、その可能性を『クライカリオス』は決して認めない。
　その未来を選択することは、後に起きるだろう惨劇を認めるということ。
　そんな選択は、彼の中では自分の消滅よりも許せない筈だから。

　だからこそ堕ちる事すら理解しつつも諦めないだろう、と悲しげにそう告げた幻影を思い出した。







　あの時からずっと感じていた気配がある。
　仄暗い闇の様な、どこか怖気を感じる冷やりとした何者かの気配。
　それは時間が過ぎる度に少しずつ濃くなっている。

　それこそが本当の『敵』なのだ。

　言動は兄とそう変わらないのに、時折まったくの他人を相手にしている様な。
　それこそが、兄貴を兄貴じゃない何かに染めていく何者かが確かに居るというその事実。






　本当ならその相手に対して次元竜は無力なはずだった。
　でも、今は、違う。

　もう背中も見えなくなってしまった狩人の姿を思い出す。
　その片手に鮮やかに浮かんでいた光り輝く紋章と、彼女が持っていたひとつの概念を。

　ぐずり、と身の内で何かがのたうつ様な気配がする。
　熱を持ったそれは力の塊とも言える何かだ。
　凶暴で獰猛で、抑えるのが今は精一杯。

　本当なら、こんなものを自分の年頃の次元竜が抱え込むのは不可能だって言われたけれど。
　それでも自分がやらなきゃ誰がやるんだって話だ。

　神殺しの『概念』を喰らった。

　本来ならば青年期の次元竜でも『概念』そのものを喰らうのは危険な事だ。喰らったものを身の内に取り込み記録し保存していく次元竜にとって『概念』という存在は重すぎる。気を抜けば本来の自分の形が保てなくなる。気をつけなければ自分を見失って消滅してしまう。
　さらに言えば幼年期では本来はそれすら出来ない。食べたものから読み取るべき要素を引き出す力が足りないからだ。

　でもそれはエアー姉が補った。
　兄貴の『翼』で取り込む為の補助もした。
　定着する為にかかる時間の間にバレてはいけないからと隠蔽の術式まで用意した。

　あまりにも強引とも言える遣り方だったけれど、選べる道なんてほかには無い。



　取り込んでしまえば、それが定着さえしてしまえば良いんだ。そうすればたとえ未熟な幼年期の次元竜だって問題なく取り扱えるようになる。自分になじむということはつまり、この腕や翼や尻尾の延長のように操れる様になるという事なんだから。
　……今はまだ、その『概念』を何とか自分に慣らそうとしている真っ最中だけれど。

　早く、なじませないと。
　侵蝕はこうしている間にも進んでいる。

　完全に兄貴が『アレ』に飲み込まれるその前に。


















　みのうちであばれようとするかがやきはうったえつづける。
　はやく。
　はやく。


　はやくえもののしんのぞうをつらぬいてしまいたい……と。

パッと見、全然厄介そうには見えませんよ？と付け足す。
聞かれていれば神罰モノではあるはずだし、

事実聞かれているのだが。

どう考えても簡単じゃないですよね、と。
彼女の手元……リストバンドにはめ込んだ三日月の形の宝石が、
キラリ、と光った。

真剣な眼差しで語る。
彼女とて魔導師の一人である。

何故か曖昧に返事をする。

　ある程度は予想が出来たが、やはりそういう場所だったか。

　これまで多方から聞いて来た話から、そのような予想をする。仮に世界として確立したとしたらどうなるのだろうか。　

　天敵がいるとしたら相当なものだろう。異空間の中で狩猟をする生物がいるなど、到底想像も付かない。

　あるいは何処かの時代で他世界からの干渉を受けた可能性もあるが。どちらにしろ、蜥蜴を竜と呼ぶことには抵抗を覚える。

　機械が便利なのはよく分かるが、あまり高度過ぎてもこちらの理解が追いつかない。
　まあ、メルンテーゼにいる限り縁もないだろう。そうタカを括った時。

　束の間の安堵はあっさり砕け散った。　

先ほどまで悲鳴を上げて喚いていた青年が、途端に静かになった。
正確に言えば、妙に高い声を上げた後に、だ。

機微に疎いフィンヴェナハとは言えど、流石にその顕著な変化には気付き。
確かめるように、もう２〜３度だけ撫で擦った。

クライを撫でる手を離すや、素早く距離を取る。

両腕を自らの身体の前で交差させ、身体を覆い隠す様にして言った。