「クソッ、こうも簡単に連れてかれるなんてな！！こいつは俺のミスだ、すまねぇ！」


「それは私も同罪です、あれほど気を付けるようにしていた筈なのに・・・・・！」


「ふたりとも、それはいいからはやくっ！！こっちだよっ！！こっちからロクのにおいがする！！」


まてどくらせどもどってこない猫をさがしにいったししょーたちは、そこでようやくいへんにきづいたのでした。
シュテルンのはなをたよりに、はやるきもちをおさえながら猫のもとへといそぎ――



「――おい、無事かッ！？」


『！！　ししょー！！』


そこにいたのは猫と――よこたわるけもの。そして、きぞくのおとこのひと。


「あァ？こりゃあ・・・・・？」


「・・・・・どうやらぜんぶおわったちゃったみたい？でも、ぶじでよかったっ！！」


とまどうししょーと、よろこぶシュテルン。
そして――


「――旦那、様？」


「――セバスチャンか。そうか、お前は知っていたのだな。――この子がリクだと。」


「！！」


めをみはるセバスチャンにおとこのひと――カラバこうしゃくがことばをつづけます。


「この子が言ったのだよ、私の事を『父様』と。あれは…紛れもないリクの声だった。」


「坊ちゃんが…話された？それに、記憶が――？」


セバスチャンにとっておどろくことばかりですが、


「少々…疲れた。屋敷へ戻るとしよう。…お前も来なさい、リク。お仲間の方もご一緒に。」


そういって猫のあたまをなでるカラバこうしゃくのめは、いつかのきおくにあったとおり、やさしげで。

猫は――























けっきょく、やしきへむかった猫たち。
カラバこうしゃくとエンブリオたちはいろいろなはなしをしていました。
猫はというと、ときおりこまったようにわらってあいずちをうったり、きかれたことにへんじをかくのみ。
けっきょくあのあとの猫はうまくはなすことができず、あいかわらずもじをかいてつたえているようです。

そしてよるがやってきて――














「――どこへ行くつもりだリク・・・・・いや、ロクか？」


あしおとをたてないように、こっそりやしきをぬけだそうとしていた猫に、うしろからこえがかけられました。
かげからあらわれたのは、いかずちをまとったけもの――ライデン。

いきなりのことでびっくりしていると、ライデンは猫にちかづいて、じっとみつめてきました。


「・・・・・何故、あの時俺を助けた？」


たたかいがおわった、あのあと。
猫はたおれたライデンにあゆみよると、なにもいわずにてあてをして、いっしょにこのやしきにつれてきたのでした。
はじめはからだはうごかずとも、にくしみとさっきをこめて猫をいかくしていたライデンも、それをいにもかいさずもくもくとてあてをしはじめた猫をみて、うたがわしいめを猫にむけながらもおとなしくすることにしたようでした。


『なぜ…っていわれても、そういわれるとこまっちゃうのです。でも、さいしょに小生をたすけてくれたのはそっちなのです。』


「アレは侯爵の願いを目の前で打ち砕いてやる為だった。オマエの為じゃない。」


『そうかもしれないのです。でも――ライデンは小生のせいでふこうなめにあったのです。』


「同情か？そんなもの俺は求めてないし、不愉快だ。」


いらだちをかくそうともせずうなるライデンにむかって、ふるふるとくびをふる猫。


『そうじゃなくて…とうさま――カラバこうしゃくさまはたしかにわるいことをした。
それは、きっとゆるされることじゃないし…ゆるしてもらえるともおもわないのです。
でも、それはすべて小生のためにやったこと…そのつみは小生にもある…だから…その…』


なかなかことばにできなくてもどかしそうにする猫に、ライデンはあきれたようにためいきをつきました。


「・・・・・何が、言いたい？」


『小生は、いきることをあきらめないのです。みんなからもらったいのちはむだにしない。
ライデンのなかまのぶんまでせいいっぱいいきるのです。
それを、ライデンにはみていてほしいのです！』


「・・・・・。お前もある意味では被害者だ。だが、俺は俺の仲間たちの犠牲の上でオマエが存在するのは許せないし、オマエを殺して侯爵により深い傷を与えられるならそうしてやりたいとも思う。
そんな、お前を殺そうと思うヤツに見ていてほしいだなどと、そんな寝言を本気で言っているのか？」


『もちろんなのです！だって…ライデンは、きっとやさしいから。』


「オマエを殺してやりたいと願う俺が優しく見えるか。理解不能だな、余程おめでたい頭をしているらしい。そんな調子では俺が手を下さずともいつか命を落とすぞ？」









「――そう思うだったら、アンタも手を貸してくれよ？大変だぜ、コイツのお守りはよ？」


『！！』


「・・・・・行かれるのですね、坊ちゃん？」


「だが俺達に何も言わずに置いてこうなんてあんまりじゃねェのか？」


「そうだよロクっ！！」


そこにはセバスチャンとししょー、シュテルンのすがた。


『お、おいていこうとおもったわけじゃ…』


しどろもどろになっている猫ににやりとわらうししょー。


「ったくよォ、ちょっと目を離すとすぐコレだ。危なっかしくて見てらんねェぜ。
で、行くんだろ？」


「――やはり、セレナ様の事が気がかりですか？」


猫はセバスチャンのほうへふりかえると、こくりとうなずきました。
そう、いまでもおねえさんはきゅうにいなくなってしまった猫をさがしているにちがいありません。

のんびりしているばあいじゃない。
すこしでもはやく、おねえさんのもとにもどらないと。

はやるきもちと、もうひとつ。


『それに――小生は、きっととうさま…カラバこうしゃくさまのこどもじゃない。
ほんとうの「リク」じゃ、ないのです。』


「！」


『きおくがもどって…なんとなく、わかったのです。
小生は…にんげんの「リク」でも、あくまの「ロク」でもない。
どっちでもないのです。』


おもいだしたきおくは、どれもおぼろげで。
じぶんだけれど、じぶんじゃない。
まるで、だれかのものがたりをそとからみているようで。


『小生はきおくをうしなったわけじゃなかった。はじめからまっさらだった。
たぶん…小生は、ふたりがいなくなったあとにうまれた…べつのそんざいなのです。
きおくがもどった…ううん、ふたりのきおくをもっているのは…このからだが……ふたりのものだから。』



「リク」も「ロク」ももういない。
のこされたのは、どちらでもないじぶん。
いったいじぶんはなにもので、なんのためにうまれたのだろう――？


じわり、とめがしらがあつくなってあわててみんなからせをむけると、うしろからやさしくかたをだかれました。


「それでも、貴方は私にとっては坊ちゃんです。それに――」


「んなモン、俺には関係ねェしな。俺のバカ弟子は間違いなくおめぇなんだからよ？」


「ぼくだっていまのロクといっしょにいたいからいるんだよ！！」


『みんな…』









「……。」


そんな猫たちを、すこしまぶしそうにみるライデン。


「――成る程、オマエの仲間も揃いもそろって甘い馬鹿者ばかりというわけか。」


「んだとォ？」


ぎろりと、すごみをきかせてライデンをにらむししょーでしたが、


「――良いだろう。あの忌まわしい出来事の結果生まれたのがリクでもロクでもないオマエという存在ならば、その生き様を見届けてやるのも悪くない。
だが、俺は甘くないからな。」


くっくとわらうライデンは、にくしみにそまっていたくらいふんいきもやわらいでみえました。






「ったく、ケンカ売ってんのかよ。まァ良い。んでよ、――アンタはどうなんだ？」


ししょーこえをかけたくらがりのさき。


「――そうか、お前はリクそのものではないのか。」


セバスチャンがたちあがってめをむけたそのばしょにあらわれたじんぶつに猫はとびあがるほどおどろきました。


『カラバこうしゃくさま…』


――あぁ、きかれてしまった。
むすこの「リク」ではないとしられないよう、あいまいにごまかしていたのに。
じぶんが「リク」ではないと――「リク」がすでにどこにもいないとしってしまったら、きっとかなしむから。


「……。」


ゆっくりとあゆみよるカラバこうしゃくに、猫はびくりとみをすくませました。
でも、じぶんはこのひとをだまそうとした。
どうののしらてもかまわない。なぐられたってしかたない。

そう、おもっていたのに。


「もう、リクはいないのかもしれない――だが、もう一度息子を失うつもりはない。」


そういって、ぽんぽんと猫のあたまをなでました。


「私もセバスチャンと同じだ。例えリクではなくとも――お前は、私の息子だよ。
偶には顔を見せなさい。ここは、お前の家なのだから。」


『……とうさま…！！』


ほんとうに、きおくのなかのやさしいかおにそっくりだ。


猫はこみあげてきたきもちをおさえきれずにカラバこうしゃくにだきつきました。


「セバスチャン、この子を頼む。皆さんも、どうか息子をよろしくお願いします。」


カラバこうしゃくは猫をだきしめながら、セバスチャンたちにおねがいします。
そして――


「ライデン……私がした事は謝っても許されるものではない。
だから、お前にこのような事を頼むのは筋違いだと分かっている。分かっているが――どうか、この子をよろしく頼む。」


そういって、カラバこうしゃくはふかくふかくライデンにこうべをさげるのでした。
それをなにもいわずにただじっとみつめるライデン。


「・・・・・フン。貴様に請われずとも、俺は俺の意志でこの者を見届ける。それだけだ。」


それきりこうしゃくにせをむけたライデンでしたが、


「ありがとう…ありがとう…！」


こうしゃくはめをうるませて、ライデンにれいをのべるのでした。









『とうさま…そろそろ…』


「あぁ。…お前の大事な人が待っているのだろう？早く行って安心させてあげなさい。」












『…いってきますなのです！！』






















































こうして、猫はカラバこうしゃくのやしきをあとにし、おねえさんがまっているであろうおしろへとむかうのでした。

燻りながら這い蹲ったまま、ヨレヨレと体の一部を触手のように伸ばしてコップを受け取る。
が、力が入らないのかツルリと取り落とし、頭から水を被っ……たのも束の間、一瞬にして水は蒸発。
突っ伏したままコップを被った面白い格好になった。

とだけ呟いて触手をパタリと倒れこませたラピスを見て、

そっとコップをロクの手に返すと、ラピスを爪の先で摘み上げて（ちょっと汚いものを摘むような仕草である）水溜りに落とした。
またも瞬間的に蒸発する水溜り。

まだまだ妄想の中の軍勢だというのに、すっかり実現したかのような調子で考えているようだ。

頭から突っ込まれたのがどこかくすぐったいポイントに入ったのか、身をよじって笑い出した。
体表がブルブルと激しく波打ち、めまぐるしく変形する――ロクを取り込むような形で。