天蓋庭園を進行していたシュガー達は山岳に住まう敵勢のエンブリオと遭遇した。シニスやカグツチといった山岳領域に住まうエンブリオであり、これまでシュガーが勝利したことはない。しかし、シュガー達のパーティメンバーは天蓋庭園で新王との戦闘を臨む猛者達であり、また、幾多の戦闘を経て鍛えられたシュガーもまたかつてのようなの弱兵ではない。遭遇した敵勢のエンブリオは、会敵早々にシュガーの怨霊の雷によって撃たれ、続いて一揆衆の繰り出す雷光によって駆逐されていった。

敵勢エンブリオを排除したものの、しかし、パーティは勝利に沸き立つことなかった。もっと恐ろしい存在を警戒するように、足早に進行を再開する。天蓋庭園には一揆衆でもよりすぐりの猛者達が集っている。猛者達の中には同じ一揆衆に戦闘をしかける無法者達もいると噂されており、彼らとの遭遇を避けるためである。複数のエンブリオを意のままに操り、加えて、臨機応変に戦術を変えることができる一揆衆は、敵勢のエンブリオよりもはるかに強敵なのである。

山道を歩くシュガーの耳元には、靴が小石を踏む音、落ち葉をかき分ける音、枝と枝と触れ合う音の他に、シュガーと共に歩む姿なき怨霊たちの足音も聞こえていた。怨霊たちの甲冑の板金がふれあってカタカタと音がする。平家の怨霊達においても身分の高い馬上の貴公子達はこの天蓋庭園の有り様について、思い思いの言葉をつぶやいていた。

平家の怨霊は一部の一揆衆の振る舞いには思うところがあるようであった。シュガーは平家の怨霊のつぶやきに対して確かにな、と、頷き、そして、しかしな、と、呟きを返す。

平家の怨霊たちはシュガーの言葉を傾聴してほぅと感嘆の声を上げた。確かに宇宙は広い。そして、ブツブツと独り言を呟くシュガーに対してパーティメンバー達は何も言わない。この人はこういう人なんだと了解済みであるようだった。実害がなければとりあえずスマイルで応対、これが異文化との触れ合い方なのか、と怨霊たちは頷きあう。

シュガーは視線を進行方向に向けたまま、誰に向けるわけでもなくフフフと笑みを浮かべる。シュガーは小声で語り始める。一揆の進行には二面性がある、と。多数の一揆衆が王城内に展開する「面の攻城」と、少数精鋭の戦闘集団が王城の守護者を突破して次なる進行先を広げていくという「点の攻城」である。面の攻城では生産技能を含む多様な人材を前線に送り込んで戦線を維持し、点の攻城では突破口を切り開いて前線そのものを押し上げていく。このどちらかが停滞しても一揆は進まない。

一揆の点の攻城においては、一部の抜きん出た精兵が必要になる。一揆衆同士の戦闘では、勝者が敗者からエンブリオとの契約に必要な契約点を奪うことができる。契約点が多ければ多いほど契約者とそのエンブリオの力は強くなる。他の一揆衆を襲う無法者は賞金首と呼ばれ、一揆衆同士の交易上の不利や、捕縛された際は農場送りになるリスクがあるが、他の一揆衆から契約点を吸い上げて、他の一揆衆に抜きん出た存在になることもできるのもまた事実である。そして、賞金首を返り討ちにした一揆衆も同様に賞金首から契約点を奪うことができる。賞金首を狩る一揆衆も、また、一揆衆においては抜きん出た存在であり、交易場の不利を被らないことから、賞金首ハンターこそ、一揆衆の頂点に立つ存在と言える。

分割世界での戦闘では、兵力の数よりも一部の強力な精鋭の能力が戦闘の帰趨を左右することが多い。少人数による果たし合いに類似したメルンテーゼの戦闘では、数を頼みにした物量作戦を新王にしかけることができない。一揆の目的は新王の打倒である。分割世界の多くの騒乱と同様に、恐らく新王自身が強力な戦闘力を有すると思われる。ゆえに、新王を打倒するには、少数の抜きんでた存在を育成する必要があり、一揆衆同士の戦闘には、一部の一揆衆に力の集中させるという意味があるのだ。

平家の怨霊たちは暗闇の中で、何かに捧げられた犠牲、と呟いていた。滅ぼされた経験を持つ平家の怨霊にとって、（図らずも）襲い襲われる役目を持つ一揆衆に何か思うことがあるのかもしれない。

緊張感に満ちた天蓋領域での進行は幸運にも無事に終着地まで歩きおおせ、天蓋領域における幕営地に辿り着いた。空が怪しく輝くネクターに覆われ、赤茶けた土石にテント用の区画が設えられた、奇妙なテントサイトであった。すでに数パーティがテントを張っており、数人の一揆衆がコーヒーやお茶をすすりつつ、空を覆うネクターの輝きを見上げては首を傾げていた。

シュガー達のパーティはこのテントサイトで解散である。シュガーは案内人のウィスタリアという青年に礼を述べると、ウィスタリアは上品な所作で返礼を返す。彼はとある世界で騎士をしているそうで、彼の立ち居振る舞いは軍事貴族であった平家の怨霊たちにも受けがよかった。彼はこれからさらに天蓋庭園の探索を進めるらしい。対して、シュガーは一旦天蓋庭園を離れて仲間と合流するために山を下ると告げた。

シュガーはこれまでの旅程について知り得た情報を書き込み、続いて、テントサイトの端に歩み寄って一本の木を見つけ、懐から取り出した呪符を切って呪文を唱えた。発火した呪符が燃え尽きると、木の根本の地面に光る文様が現れてすぐに消えた。それはかつてシュガーが王城大廊下に設置した呪術的な結界であり、呪術的なビーコンであり、呪術的な橋頭堡である。シュガーにとってメルンテーゼでの２度目の呪術的な橋頭堡の設置であり、手間取ることはない。呪術的な橋頭堡には平家の怨霊の精鋭が留まり、彼等がシュガーの目となり耳となり、それはシュガーが再びこの地に来るための道標となるのだ。

平家の怨霊たちはそれぞれに不敵に笑い、そして、彼等平家の大将の周りに鬼火が次々に立ち上る。それぞれ手下の将兵を呼び出し始めたのだ。シュガーは頷いて急ぎ来た道を戻る。日暮れまでに再び王城の城壁を下って外界にて別行動をとっていたアイリスと合流しなければならない。足早に歩くシュガーの耳元に今日も今日とて冥府よりの声が届く。晴れた冬の日の日向のごとく暖かなで元気な声であった。

シュガーの耳には冥府や怨霊たちの声が聞こえている。暗闇の彼方から届く声は一揆のハッピーエンドを望んでいる。シュガーレス・ショーガはそう信じていた。冥界よりの声に突き動かされ、彼は今日も前へと進んでいく。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…