青年は、ある話をアスモデースから聞き、ずっと悩んでいた。


アスモデースとヴェールフェゴル両名が契約しているエンブリオには、特殊な処理が行われている。

概念に対し「名前をつける」事で「元の存在が変質する」という物だ。


現在、サラマンダーはあの夜にアスモデースの手によって「概念に仮の名を与え変質させられた」状態にある。

彼女にいまだ名前をつけていないのは、この「概念の変質」を定着させないための措置なのだ。

青年から彼女に名を与えた時、彼女の「概念の変質」が完成する。


ところが先日、彼女は自分に名前をつけてほしいと言ってきた。

事情はおそらく知らないだろう。彼女にこの事を伝え、意志を確認しなければならない。

一呼吸置き、意を決したように青年が告げる。

そうなると、もう火精霊には戻れない。人としての生を全うし人として死ぬ事になるのだ。

指先から放たれた青年の魔力が、タンポポ荘の自室の床一面に巨大な魔法陣を描く。
魔法陣から放たれる青白い光は、まるで燃え盛る炎のように明滅を繰り返す。

突然の仰々しい展開にも一切気後れすることなく、火の精霊だった少女は魔法陣の中央に立つ。



この魔方陣は、青年の故郷に伝わる「授名の儀式」のもの。

青年の故郷にとって「授名の儀式」とは特別な意味を持つものだ。

これから口にすることを考え、青年は覚悟をより強くする。


ああ、この儀式を考えた奴は、なんて話のわかる奴なんだろう。

返答に呼応し、魔法陣が歓喜の炎に燃え上がる。

魔法陣の輝きが、さらに強くなる。

青年がゆっくりと少女に歩み寄り見下ろす。少女が青年を見上げ、察したように背伸びをする。
誓いの口づけとともに、世界は歓喜の光に包まれた。