夕飯の支度の途中。白虎と遊んでくれていた青年が、何やら困った様子でこちらを見た。
　その足元を見れば、何が起きたか一目瞭然だった。こんもりと山になるほど集めたものを、熱心に鼻先でつついている。

「なあ、ラザラス。どうする？」
「すみません。――置いてきなさい」

　少しだけ、言葉に力を込める。効果は覿面で、白虎はぴくりと身を起こし、こちらの様子を伺うようにした後、名残惜しそうな気配と共に、集めたそれをどこかへ運んでいった。こういう時は、シンプルな上下関係を示すのが一番良いと、長くなった付き合いでわかりはじめている。

「おー。今のちょっと、レイみたいだったなあ」
「……若干、参考にしてはいます」

　結局のところ、有効な手段というのは、似てくるものなのかもしれない。
　しみじみと考えていると、青年が首を傾げた。

「けど、あんなの集めてどうする気なんだ？　食うわけじゃねえだろ」
「遊びの延長ではないでしょうか。森林は、久しぶりですし」
「セミの抜け殻、集めるの楽しいもんね。……あ、勿論、小さい頃のことだよ！」

　一部始終を目撃していた少年の言葉に、青年がやはりきょとんとした様子になる。
　自分も一瞬同じような顔になった所為だろうか。少年が、やや慌てたように続ける。

「え、えっと、セミの抜け殻とか、集めたりしなかった？」
「…………あ。あー。それな！　俺の故郷だと、そもそも居なかった気がするわ」

　ぽんと手を叩いて笑う青年に、さもありなんと頷く。
　すると、少年は、訴えるようにこちらを見た。

「僕は、確かに集めたことはありましたよ」
「だよね！」
「すまん、今のお前さんからは想像つかねえ」
「なにぶん昔の事ですし……それに、実家が食堂でしたから。一度集めて、親にものすごく叱られて以来、集められなくなりましたから」

　記憶を手繰り寄せて述べると、ぐ、ともふ、ともつかない音を立て、青年が笑いを堪えていた。
　少年の方はというと、半ば感心したような顔をしつつも、やはりくすくすと笑っている。

「しばらくは、セミそのものに近づけなかったものです」
「は、ふはっはは。悪い、想像できねえけど、なんかわかるわ。……あんな感じだろ？」

　そう言って、青年が指差した先には、件の白虎が居た。
　まだ何処か未練がましく、捨てた山を見ているものの、しょんぼりした風情で背中を丸め、尻尾の先を軽く噛んでいる。
　…………否定しづらい。しかも、記憶にないと言えば嘘になる。

「ちょっと、かわいそうかな。でも、いつかは卒業しなくちゃいけないですよね」
「そうですね。そういうことにしておいてください」
「そんなに大層な遊びだったのか？」

　青年のツッコミからは目を逸らし、チーズを少しだけ切り分け、白虎を呼び寄せた。


「……おい。なんで急にそんな遊びはじめたか、わかったぞ」
「え？」
「見てみ」

　指差した先には、これまで採取してきた素材の山をひとつひとつ検分しては分類する、研究者の少女の姿があった。
　無論、彼女はきっちりと手袋を嵌めているし、料理からも離れた場所で黙々と行っているのだが。

「野生という言葉について考察を深めたいです」
「まあ……強い個体の真似するのは、本能じゃねえかなあ……」

　見下ろした白虎は、既に何もかも忘れて、チーズに齧りつくのに夢中なようだった。
　『かつては自分も子供だった』という理屈は、鋭くはあるが万能ではないと、最近よく考えている。

（手袋を着用する