「……それでね、お城はとっても広かったわ〜
歩くの少し大変だったけど、お勤めの方にもお会いできたの〜」

２人の帰還にかこつけた宴はたけなわ。
その片隅でひっそりと、長老をはじめとする村を率いる男たちを前にして。
これまでの旅の道のりを報告する１人と１羽。
とはいえ、喋っているのはもっぱら１羽の方なのだけど。

「それでね、だから、ずいぶん遠くまで行っていたし、お城もとっても広かったから〜
だから、戻るの遅くなってしまったの、ごめんなさい〜。
また、王様を探しに早く戻らなきゃいけないから、
戻ったばかりだけど明日には発つわね〜。
それでね、お弁当、おねだりしちゃっても良いかしら〜？
わたし、水草パンと、川えびのから揚げと、あとそれと〜…」
「いや、その必要はないぞな」

もじもじしながら向けた、ちゃっかりとしたおねだりはあっさりと退けられた。
一瞬理解が追いつかなくて、きょとんとした顔になる。
相対する長老の顔は、いつもの好々爺然としたものではなく、
村を治めるものの厳しさで引き締まっていた。

「噂じゃ、王は山の中におるそうじゃないか。
もう何人もが会いに行って刃を交えてきたと聞くぞ。
お前らはどうしてそこに行かんのじゃ？」
「え……と、それは〜……」

言葉に詰まる少女に、長老は小さく息を吐いた。

「もうええよ、ヤドランカ」
「王と刃を交えた連中がおる以上、もう好転はせんじゃろ。
今更お前ごときが行っても、話なぞ聞いちゃもらえんかろ。
それならわしらも、次の手を打たないかん。
ヤドランカ、ここを引き払うぞ。また別の安全な世界を探せばいい。
お前も仕度せい」

長老の言葉に被さるように、ペタルが言葉を重ねてくる。
それを止めるでもなく長老は、彼の方を向いた。

「坊も、付き合わせてすまんかったなあ。
お前さんがついとってくれたから、ヤドランカも怪我もせんと
こうして戻ってこれたんじゃ、ありがとうなあ。
じゃが、せっかく旅行に来たっちゅうのに、
お前さん、どっこも見れんかったじゃろ。すまんなあ。
メルンテーゼにゃ、この村よりなんぼも綺麗なところもあったっちゅうのになあ。
じゃが、こういう時期じゃ、しゃあないんかもしれんなあ。
それでじゃ、お詫びっちゅうのもあれじゃが、
お前さんもこの一揆から手を引くんなら、次の世界まで送って行っちゃるでな。
え、どうするぞな？」

飄々と、歯の欠けた口からつむぐ声音は、最初に彼とまみえたときと変わらぬ好々爺のもの。
だが、その口ぶりからは不思議なほどに、この土地に対する愛着は窺えなかった。
少女は、その声を傍らで聞きながら、じっとうつむいている。
下腹の柔毛の上に置かれた手は、きつく握り締められている。

「………………いや」

搾り出すような小さな声は、だがはっきりと、拒絶の意思を持っていた。

「生まれたところがなくなるなんていや、村がなくなるなんていや。
おじいさま、おじさま、わたしたち、ちゃんと頑張るから、そんなこと仰らないで」
「……何を言うとる、ヤドランカ。土地が変わろうとも、人が変わらなんだら同じじゃろうが。
どこに行こうが、わしらがそこで暮らせばそこがわしらの村じゃ、何も変わらん」
「変わるわよう、エユプたちは……シルフの子たちはどうするの〜、
みんな一緒に、連れて行けるの〜？　良いって言ってくれたの〜？」

必死の反駁は、だが呆れたような間で返された。

「そんなん契約を取り消していけばええが。
わしらはもともと己の腕だけでやってきとったし、お前らにもそうせい言うとったろう。
お前は昔からいかん言うても、あいつらをよう構っておったがのう…。
言いつけを聞かんであげなもんに頼ったお前が悪い、無理に付き合わさんと解放してやれ。
次の村に行ったら、お前も魔法なんぞと夢のようなことを言いよらんとしっかり働くんじゃぞ」
「だから、それはいやなの〜！」

少女の大きな声に、宴会の空気が凍った。
対峙していた男たち、にぎやかに食事を楽しんでいた村人たち、皆が驚いた顔で少女を見ている。
みなの注目を浴びた少女は、柔毛を逆立て、身を強張らせ、目に涙を浮かべて、
けれど長老たちから視線をそらさず受け止めていた。
その張り詰めた背を支えるように、そっと。大きな手が暖かく、添えられた。

伸ばされる手に向けて身を屈め、形をきれいに直してもらう。
整ったそれを嬉しげに見下ろしてから、どーも、と告げて。

手の中にある薔薇の花を見遣って、にんまりと口端が持ち上がる。

相変わらずアヒルを象ったものばかりでセンスを問われそうだったが、
飾ったピンは実によく彼女に似合っていて、安堵めいた息を吐いた。
手作りかを問う声には、頷きを返し。

楽しげに肩が揺れる。

作ってもらった薔薇のアップルパイを、温かい紅茶と共に。

ああしたい、こうしたい、と。年が明けた先のことまで話を弾ませながら、
クリスマスの夜は―――穏やかに、過ぎていったことだろう。

下腹の羽毛を逆立てたまま、敵を見据えている。