光が掠めていったのは一瞬だった。
まるで波が押し寄せるように、記憶が心に雪崩れ込んでくる。
初めての冒険の終わりは、心に痛いものだった。
痛みの記憶。
恋人と離れ、彷徨う日々。
島への再訪。
様々な人との再会と……出会い。
少しばかり大人になったわたしは、子どもじみていたわたしを悔やみ、否定した。

はぐれて、見失って、自信をなくして、自分を隠して。
そんなことばかり、してきた。
仲間とはぐれて、恋人とはぐれて、自分とはぐれた。





とおくで、少女だったころのわたしが泣いている。


　　――彼はいなくなっちゃったの

　　――わたしを置いていっちゃった……

　　――だれも、わたしのことなんて見てくれない

そう、手を離したのは、わたし。
……いつだって、そうだ。
自分に自信がなくて、手を伸ばすことができない。
たくさんのチャンスがあったはずだ。
そのすべてから逃げてきた。

となりに並んで一緒に前を見たくて、その背中を追いかけたひと。
荒んでしまったわたしに、その笑顔が好きだと言ってくれたひと。


「わたし」は「わたし」じゃないと、何度「わたし」を殺してきたのだろう。
どれもが、「わたし」だ。泣いても笑っても、変わるわけじゃない。

時はもう、遅いだろうか。
だが、後悔するには少し早い。

（彼女の記憶の欠片は現在「662」＋80＋ 2D25 = 16 ( 14 2 ) ）

少し拗ねたような声色、流れる黒髪、
たおやかな手首、そっぽを向いた時の顎の輪郭――

彼女の一挙一動を、レンズの向こうの愉快げな瞳が追う。
どこか、眩しげに。

視線をそれとなく周囲に巡らせながら小さくごちる。

悪びれもせず笑い、彼女を躱そうとして・・・

彼女の刹那の停止に釣られたように足を戻す。

だが、それはほんの一瞬の出来事で
彼女は気丈に言葉を紡いだから、これ以上は踏み入らない。

二人の、暗黙のルールの通りに。

まぁ人の恨みを売り買いするような職だから、と腕を組んで肩をすくめる。

”そう思う日が来るようになるかしら”
その言葉につい苦い笑みが零れる。

歩調はだんだん遅くなる。

少し長くなった額の髪を撫で付け、そのまま後頭部へと持っていく。

さくらが　咲いた。

すぐそばで、ほころぶように。





ああ、この顔は――

視線が足元に落ちる。
その横顔はかえって、レンズを避けるにはちょうど良かったかもしれない。
だが、代わりに声は少しだけ遠ざかったかもしれなかった。

左手首に熱が生まれる。
親しい存在がすぐそばにいると、袖の下で赤い石が主張する。

思考が乱されるのはきっと、その微かな反発のせい。

手が、離れる。

足を止める。
顔を向けた先の、凛とした黒い目がまっすぐに彼を射抜く。

目を見開く。
紙人形が、白い光を放ち、彼女の肌に青白い影を落とす。

刹那のあと、目が細まる。

驚愕が、気付きと納得をすり抜け、
安堵にも諦観にも似た笑みが口元に滲む。

手が、伸びる。

依代ごと、彼女の手を握りしめて、
額に、あてる。

深い、溜息。

掴んだ手の力が、少し強まる。

声は淡々と。
それでも握られた手から、強張ったような微かな振動が伝わる。

氷のように、冷たい手。