「なア、メフル。お前はこのまま本当に事なく終わるつもりでイるのかい」

　昨晩も妖精は愚にもつかない事を問いかけてきた。理解っていて毎夜枕元でぼやいてくるから質が悪い、とナスルは心中で悪態づく。見つめ燃え立つ三眼が、責め苦のように視線を投げかけ続けている。
　一揆のことではない、自分自身のこと。逃げるつもりもないし状況を飲み込むつもりではある。あるが、様々なことを裏切る結果となるのだろう。――ここまで来て律儀に受け入れるつもりか？　脳裏でそう苛立つ声も聞こえてきている。願いは、望むことは、能わず。微かに再誦する言葉は岩のごとく心の重石となってのしかかってくる。
　罅が走るこの表皮は、凝り固まり一部が鱗のように骨肉を覆っていた。終わるまで力を貸すという暗黙の了解は、しかし結末がどうなろうと同じだ。今更管を巻いても仕方ないだろう。わかっているからこそ、ナスルは珍しく腹が立って目の前の“大蜥蜴”の腹を思い切り蹴り飛ばした。
　蛙を潰したような鳴き声がした。
　ナスルはその晩腹痛であまり眠れなかった。
　

　顔を強張らせ、己が拳をナスルは見つめていた。
　やがて顔を上げ、揃った仲間の顔を見て、一笑する。
　なんてことはないと。
　

　ふと虚空を見上げること数秒。
　更に取り出したのは『おかずプラス一品』と書かれた、大きく、薄い、つるつるとした本だ。

　存外に和風である。

　絵本とレシピ本を重ね、両手で挟むようにすると透明な布が現れ二冊を覆った。
　これは水と汚れを弾くの、と説明しながら手渡す。
　向けられた視線には小首を傾げるようにしながらもしっかりと見つめ返した。

　自分のためにも他人のためにも。
　そう言ってアラトは微笑んだ。

　ナスルの、腰のあたりに置かれた手を見て。

　揺れていた尻尾はするりと収納された。

　自己評価より周りの評価が高いとなんか照れる！　……というのがよくわかるアラトの顔だ。

　軽くウィンクをしてみせた。

周囲を包みこむ濃煙に咳込む。
数秒飛んだ記憶を回想しようと試みるが
キンキン鳴る耳の煩さが思考を掻き消し頭を混乱で満たしていく

不意に視線をすぐ横に向けると
そこには煤けた顔でこちらを見つめるこの事態の元凶その人と
焼けた巨大な肉の塊

漸く頭の歯車が動き出した

軽くため息をついて、ほんの少しだけ肩をすくめた。

若干しっぽをぷるぷるさせるブルーノ。

ナスルに笑みを向けられて、複雑な、それでいてくすぐったいような気持に包まれ、
一度目を逸らしてカリカリと鱗を掻いた。

そう言って、ゆったりと目を細めた。

　不意に現れた一角獣が蹄の音も軽やかに鋭く嘶き、角に炎を宿す。