再び訪れた妖精の森は、静まり返っていた。
何者を拒むはずであるその場所を、飛び回る小さな姿。
【増幅】は、ここを訪れているであろう姉を探していた。少し飛ぶ羽を休めつつ、辺りを見回す。

……静かな森。その向こうから、ふと視線を感じた。
じっと見られている。数多の目が、こちらを向いている。
気づいてみれば、ぐるりと周囲を取り囲むように、小さな彼は見られていた。そこに潜む、幾多の妖精たちに。
それが恐ろしくなり、振り払うようにまた飛び始める。
先よりも速く、広い森を駆け抜ける。狭い木の間を縫う。
姉を見つけるために。

自らの力を、捧げるために。




「―――！」


見つけた。



彼女は、森の奥の奥に座っていた。
小さな切り株の端っこ、顔を俯かせて足をぶらぶらと投げ出していた。
その姿を捉えると同時に、強く叫んだ。


「姉さん――！！」


べしゃりとその近くに、へたり込むように着地する。
長らく飛んでいて、疲れたのだろう。
息絶え絶えながら、弱々しい笑みを向ける。

【増幅】を視界に捉えると、ゆっくりと口を開いた。

「…遅かったじゃない」

待ちくたびれるかと思った、なんて軽口を叩きながら、ぴょいと地面に降り立った。

「で、何の用かしら。まさか、飛び出してきた私を探しに来ただけじゃあないでしょう？」
「…………、姉さん。僕は」

片方しか無い腕で、彼女の、同じように片方しかない手を取った。
微笑みながら、その指をゆっくりと絡ませる。
【減衰】は抵抗しない。ただじっと、その行動を見ていた。

手の甲の紋章が、煌めき始めた。
両者の手から溢れる明と、滅が、まったく同じリズムで刻まれる。
―――まるで、この瞬間を待っていたかのように、呼応していた。



「力を、身体を。あなたに、捧げます」

ゆっくりと、握った手を自分の方へと引き寄せていく。
両の手から溢れる光が、【増幅】の胸へ近づけば近づいていくほど、どんどんと強くなる。
ついには二人の身体を飲み込み、【増幅】と【減衰】は淡い青と赤の光に包まれた。



あと、一押し。
とんと【減衰】が胸を突いてしまえば、それだけで全てが終わる。
【増幅】は消え失せ、その力を喰らった【減衰】だけがこの森に残る。
相反する性質を、その内に秘め、かつその腕で制御し、絶対的な力を行使する存在。
それが【減衰】の姿で生まれる―――――











―――はずだった。

彼女は、すんでのところで手を押し留めていた。
【増幅】の胸へと吸い込まれていく手を、こちら側へと引っ張っていたのだ。

「どうして…」

震える声で、彼女を咎める。

「どうして」

揺れる瞳で、彼女を見つめる。

「どうして！？」

ぐいと引き寄せられる手を、握りしめる。
呆気にとられたまま、その手は【減衰】の胸の前まで来る。
とん、と胸に、自分の甲が触れるのを【減衰】は感じた。
あまりに動作で、素っ気ないその動作。

それが、彼女と彼の運命を分ける一つになった。




泣きそうな【増幅】とは対照的に、静かに微笑む【減衰】。
ついさっきまで彼が浮かべていた笑みを、今は彼女が。そのままその表情をしている。

「どうしてか、解りたい？」

ふわりと、指先が、手が、腕が、身体が、光に溶けてゆく。



「すぐにわかるわ」


赤く淡い光の粒になり、さらさらと白んでいく。



「一つになった瞬間に。」

―――――不気味な声が聞こえる。


キヒヒ、と笑うそれは、敵の目を引く――――――