ここは兵舎。
アクアパレスでラケルトとの激戦を制したあと、ここに逃げ込んだヤツを仕留めるため……

という建前で、ここにやってきた。
本当の目的は違う。

……本当の目的は、今回の作戦に協力を求めているアムフェイへの裏切りだ。


事前に用意した血糊袋を確かめる。
中には獣の血がたっぷりと入っている。

裏切りの内容はこうだ。
アムフェイを『練習試合』に誘い、戦闘中にわざと痛打を浴びる。
その際、血糊袋を使い重症を受けたように見せかける。

通常、人斬りを行った際は所持品、金銭の奪取が行われる。
しかし、ただ練習試合を行ったとしても、所持品や金銭が相手に渡ったとしても、それは取引と看做される。
この際に重要なのはカネやモノではない。

ネクターと、生命力だ。

本来は取引ができないが、人斬りのみ、その奪取が可能だ。
命に危険が及ぶほどの重症を負わせた相手から、その魂の一部をネクターに吸わせること。
それこそが、この世界における人斬りが背負う本当の罪状だ。

もちろん、死ぬほどの怪我を進んで負うつもりはない。
このエリエスヴィエラを使い、無理矢理にアムフェイの所持するネクターに、ニスイの生命力を注ぎ込む。
そうして、アムフェイに『斬られた』と偽装し、
所持している50,000PSもの大金を奪った大賞金首に仕立てあげる――。

これらは全て社長の指示によるものだ。
この世界の法を、仕組みを利用する。
抜け道を探し出す。
そして、その穴を突き……最大の利益を得る。

社長からは事前に1つ、武器を渡されていた。

『汚れ仕事』って名前の銃だ。
これを使って、罪を着せられたアムフェイくんを、狩れ――。

社長から、そう言われた。
クソったれた、この計画に使うにはピッタリのライフル銃だ。

本当に、実行しろというのか。


姿の変化したサラマンダーと惚気けるアイツは、そんなに悪いやつじゃない。
むしろ微笑ましく思う。
何度も一緒に攻城に挑んだ。
強敵も協力して打ち破った。
同じタンポポ荘を拠点として、共に暮らした。
共に、ここまでやってきた仲間だ。

だが、社長は――

『狩れ』

冷静に、そう言い放った。
そうしなければ、そこまでしなくては、目標には届きはしない。

迷いを振り切るように、仮初の目標、ラケルトを追い始める。

社長との通信。
内容は催促だ。
指示したことを遂行しろ、もう時間はない。

その声音には、焦りが混じっていた。

そう呟くニスイの声は、力強い決意などはなく、
迷いと、それを押し殺す苦悩による、絞り出すような悲壮なものだった。