「まあ！」

渡された果実に目を見張る。
少し遅れて、ぱぁっと顔がほころんだ。

「うふふ〜　任せて頂戴な〜
なににしようかしら、ゼリー？　それともタルト？
寒くなってきたのだから、パイも良いわよね〜　ああん、ちゃんとしたオーブンがあったらすっごく嬉しいのに〜！」

言いながら、てちてちてちてち、先へと進む。
と、その長い長い廊下に初めて、扉を見つけた。

「あら？　あら〜？」

好奇心は猫をも殺すと昔の人は言ったというのに。
てちてちと、何の警戒もなく近寄って、細く扉を開ける。
と、たちまち。
ピッと尾羽が持ち上がり、ぷわ、と下半身の羽毛が膨らんだ。
がらんと広く、何のにおいもしないけれども、そこにしつらえられた設備は確かに……

「まあ〜！　台所だわ〜！　それもとっても広くてとっても素敵な！
どうしましょうエンバーさん！　素敵なケープも作ってもらったばかりなのに、こんなに嬉しいことがあるなんて…
わたしってば、世界一幸運なあひるなのじゃないかしら〜！」

言いながら、興奮のまま、大きく扉を開く。ぱーん。
てちてちてち。
迷いすらなく、そこに足を踏み入れた。

「うふふ〜　こんな立派な台所、はじめて〜！
ね、エンバーさん、これだけ設備があれば、何だって作れるわ〜
何を召し上がる？　わたし、張り切って作っちゃうわよ〜！」

先日作ってもらったケープに頬ずりしている…。

言葉のあと、続く言葉…詩に耳を澄ませる。そのあと出てきた光には一瞬だけ驚いたような表情を見せた。

手を取られれば、何事かと一瞬分からずにいて。続く言葉には小さく頷いた

否定してではなくて、そうありたいという意味で。
でもどこかで自分がそうなれるのだろうか、という不安にも似た複雑な意味合いも含め。

一歩離れて何をするかと思えば、その動作にくっと少し笑って口元を押さえる。

でもこういう時は私は説明がうまくできません、と一瞬だけ困ったように呟く。

　ヤドランカが語る食べ物は何でもおいしそうに聞こえる。
　それだけ彼女は、作ることも食べることも好きなのだろう、と思った。

　エユプは元気ね、なんて笑って。
　ヤドランカが手を伸ばす様子を見て、とんとんとウルヘアの背を押すように。

　えっ。儂は行かねばならんのか。って顔してた。
　契約主は有無を言わせない顔してた。だってヤドランカ気にするだろうし。

　ものすごく、渋々と言った態で、イヌワシはヤドランカの方へと飛ぶ。その腕に収まるだろうか。

　顔を覗き込まれて、一瞬目を丸くするものの。直ぐに笑い返した。

　と、予測を述べてみたりして。

　実際、彼女の行動はすごいと思った。だから励ますように言う。

　そこでぐるぐるしてちゃいけない。勝つために、動く。
　彼女の真剣な言葉はすっと入ってきたし、それこそ、普段の自分も考えていることだ。
　戦いにおいて計算や予測は絶対ではない。臨機応変に対応しないと、勝てないのだ。

　手元を覗き込まれて、ここに紐を通そうかなって、とケープを見せる。

　そう言って、受け取ったケープを自分の荷物袋に入れる。
　それから辺りを見遣って、

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。